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人生100年時代に向けたリカレント教育―学び直しを企業の人材マネジメントと個人のキャリア展開に活かす

人生100年時代・70歳まで働く社会が現実的になる中、一つの組織内で習熟させた限定的なスキルだけではキャリアの持続・展開を図ることが難しくなってきています。こうした課題に対応するためリカレント教育に注目が集まっていますが、日本ではまだ個人の自己啓発の域を出ていないのが現状です。企業は自社の人材開発にどういった位置付けでリカレント教育を取り入れ推進していくべきか。個人はいかに戦略的に学び直していくべきか。産業能率大学の齊藤弘通教授にお話しを伺いました。

2020.06.22
インタビュー・対談

人生100年時代のキャリア人生に「オーナーシップ」を持てるか

70歳まで就業機会を確保することを企業の努力義務とする法案が閣議決定されました。2021年4月から適用されるこの「70歳就業法」は、企業や個人にとってどのような意味を持ってくるでしょうか?

少子高齢化が進む日本において、国は社会保障を持続させる観点から生産年齢人口を増やす法案を整備しています。人生100年時代を前提とした時、70歳までは社会保障を支える側に回ってほしいというのが、これからの時代なのです。
ここで認識しておきたいのは、ただ職業人生が長くなるのではなく、今回のコロナショックのような大きな社会変化に遭遇する回数が増え、リスクも増えるということ。ですから働く個人は、置かれた状況を自分なりに認識し、問題意識をもって自己変革していく必要があります。この自分の人生に対して「キャリア・オーナーシップ」を持つ意識は、一朝一夕には生まれないものなので、若いうちから意識しておいた方が良いでしょう。

特に近い将来、シニア世代となる方々には、今回の法整備により、「70歳まで働けるから」などと安心せず、危機感を持って主体的に学ぶ機会を作っていただきたいです。日本人は加齢とともに自己学習時間が減るという調査結果がありますが、定年後、国からいただける年金だけに頼るのは難しいとも言われていますから、定年を控えた世代ほど早めにオーナーシップ性を身に着けるべきだと感じます。

一方「70歳就業法」で企業側に課される努力義務項目には、定年の廃止や延長だけでなく、フリーランスや起業支援の項目も含まれています。企業はそういったチャレンジをどう後押しできるか、シニア世代あるいは近い将来シニア世代を迎える社員に対してどのように能力開発を促せるか、教育投資にどれぐらい割けるかを考えていく必要があるでしょう。

一つの企業内教育だけでは、新しい発想は生まれない

最近は社会人が学び直す「リカレント」という言葉もよく聞かれます。就業人生が長くなる中で今後より「リカレント教育」に注目が集まると思いますが、改めてリカレントの考えを教えてください。

産業能率大学 経営学部 経営学科 教授 齊藤 弘通 氏「リカレント」とは回帰、還流、循環といった意味で、義務教育や基礎教育を終えたあとも個人が全生涯にわたり、労働や余暇といった活動と教育を交互に行っていくというのが「リカレント教育」の考え方です。この考えは、1969年に開催されたヨーロッパ文部大臣会議において、スウェーデンの文部大臣であったパルメ氏によって国際的に紹介されました。
その後、この考え方は1973年にOECDによって『リカレント教育-生涯学習のための戦略-』という報告書にまとめられて各国に広まり、日本にも同時期に紹介されました。
このように「リカレント教育」自体は、日本においても1970年代には紹介されていたものの、この考え方はその後の日本の教育政策の中心にはなりえず、今日においても、日本の「リカレント教育」の水準は国際的に見てもあまり高いとは言えない状況が続いています。
その背景の1つとして、日本では、労働者の専門的な職業能力開発は、個別企業における教育システム(計画的OJTとそれを補完する目的のOff-JT)がその中心的な役割を担ってきたという側面を指摘することができます。日本では、「学校教育」と「企業内教育」とが効率的に役割分担をし、学校教育では高い基礎学力を養う役割を果たし、いったん仕事に就いたならば、その後、必要となる職業能力の開発は個別企業で行う、といった分担関係が長らく続き、それがこれまではうまく機能していたのです。労働者にとってみれば、必要な職業能力は企業で開発してくれるわけですから、学校を卒業して職業に就いた後、また学校に「還流」して、そこで能力開発していく必要性をあまり感じなかったのです。

しかし現代社会は、ご存知のように、企業を取り巻く環境の変化がこれまで以上に激しく、またAIをはじめとする先端技術の開発スピードも速く、これまでの知識や経験、これまで自社で「当たり前」と思ってきたことが通用しない、といったことがさまざまな業界・業種で見られています。まったくの異業種から新規に参入するプレーヤーに市場を席巻される、などということもよく耳にするようになりました。
こうした脅威に備え、効果的に対処するには、一人ひとりの労働者が新たな知識を主体的に獲得しようと動くこと、また、単に知識を得るだけでなく、得た知識から新たな発想をする努力を重ねることが必要です。
しかし、こうした新たな知識の獲得や新たな発想に向けた努力を、個別企業の中だけで行おうとするのには限界があります。どうしてもこれまでの常識や経験が捨てきれず、能力開発の邪魔をする側面があるからです。自社で常識とされてきたことや自社のこれまでのやり方を一度相対化して、新たな考え方を獲得していくためには、個別企業における教育の枠を離れることも必要ではないか。昨今、人材育成の分野では、そうした問題提起もなされるようになってきました。

このような背景から、社会人の学び直しやリカレント教育への注目度が高まり、2018年には政府もいわゆる「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針2018)の中で、リカレント教育を推進するためのさまざまな方針として、たとえば教育訓練給付の拡充や産学連携によるリカレント教育の推進を掲げたり、「まち・ひと・しごと創生基本方針2018」の中で、女性・高齢者等の活躍を促進するためのリカレント教育の抜本的拡充を掲げるなど、さまざまな観点から社会人の学び直しを支援することを謳い始めたのです。

新たな着想を持ち帰りイノベーションを起こす

リカレント教育には、具体的にどのような形態がありますか?

さまざまな形態があります。わかりやすいものから言えば、大学や大学院の正規の課程で社会人が学びなおすというフォーマルなもの、それから、大学が正規のカリキュラムとは別に、たとえば女性の再就職支援に向けた教育プログラムや、経営感覚を持った地域の農業経営者を育成するプログラムなど、特定の目的をもとにカリキュラムを独自に編成し、提供しているようなものなどがあります。このほか、大学等が提供する公開講座、科目等履修、通信教育といったものもリカレント教育の形態です。
文部科学省をはじめとする関連省庁は、こうしたリカレント教育プログラムの充実に向けて動いており、大学等における社会人受入れの体制、仕組みは以前に比べて充実してきました。しかし、高等教育機関における社会人入学者(特に25歳以上入学者)の割合は、OECD平均を大きく下回るなど、大学や大学院などで学び直す社会人の割合は諸外国に比べて圧倒的に低くなっているのが現状です。

産業能率大学 経営学部 経営学科 教授 齊藤 弘通 氏最近では、リカレント教育とはまた別に、「越境学習」という言葉もよく聞かれるようになりました。狭い意味では、自分が所属する組織の外に自発的に学びの場を求めるといった概念ですが、単純に組織の外で学ぶということだけではなくて、自分が準拠している状況を越えて異なる状況にいる他者と相互交流や協働をすることで、自分自身の「当たり前」を相対化したり、自分の視野を広げたり、新たなものの見方を得たりする学習のあり方を指しています。
業界の異なる他者と協働で課題解決の取り組みを行う、といった経験をすることで自分が知らず知らずのうちに正しいと思っていた規範が他社では正しいとされていないといったことに気づく、異なる企業の人と協働する中で、自身の自組織での肩書きが通用せず、自身にリーダーシップが備わっていなかったことに気づくなど、異なる状況、異なる文脈にいる他者と協働することは自分のものの見方を自覚したり、新たな気付きを得ていくうえで効果的です。自社にない新たなものの見方や気づきを得ることは、ひいては、イノベーションが起きることにつながる可能性も考えられ、企業も注目しています。こうした越境学習の議論では、フォーマルな学習の場のみならず、インフォーマルな実践共同体での活動を通した学習のあり方についてもさまざまな指摘がなされています。
しかし、この「越境学習」については、越境して学ぼうとする個人を組織側が必ずしもよくは思わないなど、越境学習を阻害する要因があることも指摘されています。

「ルーティン」を壊さずに「イノベーション」を起こしたいという矛盾

リカレントや越境学習に注目が集まっているにもかかわらず、拡大を阻害している要因は何でしょうか。

要因はいくつかありますが、まずは学習したことが会社から評価・承認されないという点です。例えば休職してMBAを取得し戻ってきたとしても、必ずしも日本企業では学位取得を理由に昇給や昇格をするわけではない。つまり、日本では大学院での学修の成果や学位というものが、企業には積極的に評価されないわけです。これは、リカレント教育が進む欧米との大きな違いです。次に考えられる要因は、世代間における学習欲のギャップ。ミレニアル世代と呼ばれる若い世代は、他の世代に比べて勉強にお金や時間を費やす傾向があるといった調査結果もありますが、皆さんの職場では学び意欲を持った若手社員が積極的に学習できる環境が整っているでしょうか。残念ながら日本企業にはまだ「若いうちは社外で勉強するよりもまず目の前の仕事を覚えなさい」といった業務経験重視の風潮や、「なんとなく外で学んでいることを言いにくい雰囲気がある」といった見えない集団規範の存在など、学びを阻害するカルチャーがあり、こうしたことがせっかくの学び意欲を減退させていることも指摘されています。ではある程度仕事に慣れてきたミドル世代はどうかというと、今度は子供の教育費や両親の介護といった問題が重なり自分の学習は後回しになりがちです。
他にも、強い人事権の発動による急な人事異動で学ぶタイミングを逃したとか、大都市に比べ地方では学習機関が少なく、学ぼうと思っても学ぶ場がないといった学習環境の地域間格差なども要因として考えられます。
このように様々な阻害要因が考えられますが、他にも越境して学ぼうとする人を会社側は煙たがる傾向があるといったことも要因として挙げられます。なぜなら越境して学び、新たな価値観や考え方を獲得してきた人材は、これまで組織が正しいと考えてきた規範に疑問を持ち、問題提起をする存在になるからです。自社のこれまでの常識ややり方に疑問を呈するような存在を「面倒くさい人」だと思ってしまうのです。それでも越境して学んできたことを自社に取り入れようと孤軍奮闘すればするほど、組織との間で摩擦が生じ、時に、越境して学んだ人は「迫害」を受けるようになったりする。「迫害」されると、せっかく得た学びの高揚感も薄れてしまい、学んだこと、気づいたこともどんどん風化していきます。リカレント教育や越境学習が注目されているとはいえ、既存のルーティンに疑問を投げかけようとする人材が増えることに、企業はどこまで積極的になれるでしょうか。イノベーションを望みながらも、会社の規範は崩せない・・・この矛盾は根深い問題だと感じます。

社外での学びを「評価」「承認」し、「学習履歴」として残す

今後、企業が人材マネジメントや教育に、リカレントを活かしていくうえでのポイントは何でしょうか。

産業能率大学 経営学部 経営学科 教授 齊藤 弘通 氏考えられるポイントは4つあります。まずは採用時点で、「学業成績」をもっと重視すること。日本経団連の「新卒採用に関するアンケート」の中の「選考にあたって特に重視した点」を見ると、選考基準として学業成績を重視している企業はわずか4%強、全20項目の選考基準の中でも最下位に近いポジションです。残念ながら学業成績は選考においてほとんど重視されていません。ですが大学で学生を見ている立場からすると、やはり学業成績の高い学生はそうでない学生と比較して、問題意識も高く、主体的に学び続ける意欲がある印象がありますし、高い成績をとるためには日頃からコツコツ学習する習慣(学び習慣)がついていることが想像されます。こうした学び習慣が学生のうちからついている人のほうが、就職した後も、必要に応じて自己学習をおこなおうとするのではないかと考えられます。そうした点からも、企業としてリカレント教育を推進していくなら、採用時に「コミュニケーション力」や「主体性」と同じくらい、「学業成績」からもその人の素質を汲み取って欲しいと感じます。

2つ目は、上長が学び直しを実践すること。上長自らが社外で積極的に学ぶ姿勢は部下にとっては良いモデルになります。そして上司が学んで得た知識や気づき、感想、経験を部下に共有することで、若い世代も越境学習しやすくなり、主体的に学習していく組織文化の形成に繋がっていくからです。

3つ目は、必要な能力スペックの明確化。日本はまだジョブ型雇用が十分進んではいないこともあり、自分の仕事にどのような知識や能力がどの程度必要なのかが分かりにくくなっています。例えば自社の人事の領域で専門性を高めていきたければ、具体的にどんな知識やスキルがどのレベルで必要になってくるのか、といった指標が明確に整理されていないため、個人にとってみれば、何を学べば成長できるのか、キャリアアップを図っていけるのかが良く分からないのです。できれば、職種ごとに必要な知識やスキルを洗い出し、スキルマップ・知識マップを体系化し、個人が自身の仕事に関連して何を学べばよいのかを可視化していくことをおすすめします。
最後のポイントは、先ほど阻害要因でも触れたように、学習したことを評価し承認する仕組みづくりです。私の大学院時代の指導教授である諏訪康雄先生(法政大学名誉教授)もおっしゃっていることなのですが、個人が社内外のさまざまな学習機会を通して学んだこと、身につけたことを「履修証明」として管理すること、そして、そうした学習履歴が、個人にさまざまな仕事をアサインする際やポジションを提供する際にも考慮されるようになることが大切だと思います。学んで身につけた知識や能力が、適切に発揮される機会を提供することは、組織にとっても個人にとっても大事なポイントです。

必要とされるクリエイティブ層になる

では、個人がリカレントを戦略的に取り入れていくためのポイントは何でしょうか。

個人のポイントは大きく3つです。まずは問題意識を持つこと。冒頭でお伝えした通り、人生100年時代には問題意識を持って働くことがより重要になります。そのためには、異なるコミュニティとふれあい、既存のルーティンや自分にとっての「当たり前」に疑問を投げかけていくことが有効です。私は25歳も年下の学生たちと毎日関わっていますが、ネオ・デジタルネイティブ世代の彼らの行動・価値観は自分の世代とは全く違っていて、彼らとゼミの活動で接し、共に活動をしていると、自分が「当たり前」だと思っていた感覚や価値観が揺さぶられることが何度もあり、次々に新しい問題意識が生まれてきます。自分とは大きく感覚や価値観が異なる学生との協働は、自分が準拠していた状況を超えて、新たなことに気づくことができるという意味で私にとっては「越境学習」の場になっています。リカレントや越境学習に取り組むなら、自分とは異なる世代との対話、昭和世代の人であれば、特にネオ・デジタルネイティブ世代と協働してみることは非常におすすめです。

2つ目のポイントは、ネットワークを広げること。「70歳就業法」には起業支援の要素も入っているわけですから、人脈は広いに越したことはありません。仕事の依頼は、本業人脈ではなくその周辺人脈から来るものだと言われています。現役時代に、いかに本業以外のネットワークを作っておくかが大事になるでしょう。

そして3つ目は、クリエイティブな経験を意識すること。私は地域に眠る様々な学習資源を活用し学習プログラムを開発・提供している「シブヤ大学」「大ナゴヤ大学」「福岡テンジン大学」などの地域密着型生涯学習大学の取り組みに関心を持って調査をしています。これらの地域密着型生涯学習大学は、それぞれNPO法人によって運営されており、各講座が市民ボランティアの「授業コーディネーター」によって開発されている点に特徴があります。「福岡テンジン大学」の事務局への調査では、最初は講座の一受講者だったある女性がそのうちNPOのボランティアスタッフとして講座の運営を手伝うようになり、やがて「自分はこういうことが学びたい」と考えるようになって、自ら「授業コーディネーター」となって講師を探してひとつの講座を企画・プロデュースする体験をし、その経験や講師との人脈がきっかけとなって、最終的にクリエイティブな仕事にキャリアチェンジしたといったケースが生まれていることをお聞きしました。
必ずしもクリエイティブな仕事に従事していたわけではない人が講座をゼロからプロデュースするというクリエイティブな経験をする場として、地域の生涯学習機関がうまく機能しているのです。未来は事務職や製造職が担ってきた仕事が、AIやロボットなどによって、代替されてしまうおそれがあるといった言説がある一方で、クリエイティブな職種は人手不足になると予測されている中で、自らがゼロから講座の企画を考え、事務局や講師を動かし、ひとつの講座を運営するといった経験は能力開発において非常に意味があると思います。今後は、いかにクリエイティブクラスにシフトしていけるかがキャリア展開の鍵とも考えられますが、そのためにこうした地域密着型生涯学習大学での学び直しやNPO活動への参画も有効かもしれません。

最後に、社会人の学び直しを促進するためには気軽に参加できる学習コミュニティがもっと増え、学び直し人口の裾野が広がっていくことが重要だと考えます。そうなれば学びのスモールステップのような仕掛けが形成され、企業も個人もよりリカレント教育を取り入れやすくなるでしょう。人生100年時代、延長した職業人生をただサバイブするのではなく主体的に進んでいくために、リカレントをうまく活用してほしいと思います。

産業能率大学 経営学部 経営学科 教授 齊藤 弘通 氏

産業能率大学 経営学部 経営学科
教授 齊藤 弘通

東京都生まれ。慶應義塾大学文学部人間関係学科教育学専攻卒業、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了。博士(政策学)。専門社会調査士。学校法人産業能率大学総合研究所を経て現職。わが国の高等教育機関における社会人教育の実態やそこでの学修効果、企業内教育との接続のあり方、経営組織における従業員の主体的かつ継続的な能力開発のあり方などについて調査・研究を行っている。

主な著書
対立を乗り越える合意形成の技術(産業能率大学総合研究所、2011年)
ケースで学ぶ!合意形成の技術(産業能率大学総合研究所、2011年)
組織変革実践ガイド-トップと現場をつなぐ組織変革の実践的方法論(産業能率大学出版部、2006年 共著)、キャリア・チェンジ(生産性出版、2013年、共著)

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