ミドル・シニア社員を戦力化する人事管理

2017年6月28日の特別講演に登壇頂く元学習院大学の今野浩一郎先生に、コラムを寄稿頂きました。働き方改革という潮流の中、一つの論点となる「ミドル・シニア人材戦力化」について、皆さんと考えてみたいと思います。

2017.05.31
専門家コラム

1.現状の人事管理は「福祉的雇用型」

わが国企業は、「労働力人口の5人に1人は60歳以上」という労働市場のなかで多数のシニア社員(ここでは定年後の60歳代の社員を想定している)を雇用する時代を迎えている。しかし現状をみると、企業はシニア社員を戦力化する人事管理を構築できていないし、シニア社員は職場の戦力として働き続けるうえで必要な「働く意識と行動と能力」を持てないでいる。シニア社員を戦力化するための人事管理を考えることが今回のねらいであるが、その前に企業も個人も、こうした課題に本気になって「立ち向かう覚悟」が求められる。まず必要なのはこの「立ち向かう覚悟」である。
それでは、いまシニア社員にどのような人事管理が行なわれているのか。高年齢者雇用安定法の求めに応じて、定年後のシニア社員を65歳まで再雇用する企業が主流である。そのため現状の人事管理は、定年までの現役社員を正社員、それ以降のシニア社員を嘱託等の非正社員として雇用し、両者に異なる人事管理を適用する「1国2制度型」をとっている。問題はその内容である。
働きぶりを評価しない、賃金は能力、仕事、成果と関係なく定年時に比べて低い水準に決定する企業が多い。このことはシニア社員の雇用が通常の雇用と異なり、雇用維持のための「福祉的雇用」と呼べる雇用であり、人事管理がそれを前提に作られていることを示している。
しかし、この福祉的雇用型の人事管理は将来が余りに暗く、働く意欲の低いシニア社員をつくりあげることになろう。それでも人数が少なければ問題にならないが、シニア社員はいまや大社員集団に膨れ上がりつつあり、それが労働意欲の低い社員集団になれば、その経営に及ぼす影響は余りに深刻である。企業はシニア社員を戦力化する人事管理を構築する道を進まざるをえないのである。

2.シニア社員の特性と活用の考え方

人事管理を考えるには、シニア社員の特性を理解しておく必要がある。第一には、働く場所や時間に制約のない「無制約社員」として働いてきた現役社員も、定年を契機に転勤はしない、短時間で働く等の働き方に制約のある「制約社員」に転換する。もう一つの特性も重要である。現役社員は長期的な観点から「育てて、活用して、払う」特性をもつ長期雇用型社員であるが、勤務期間の短いシニア社員は「いまの能力を、いま活用して、いま払う」特性を持つ短期雇用型社員である。シニア社員の人事管理は、これら2つの特性に適合した、現役社員とは異なる人事管理として作られる必要がある。そのポイントを活用と処遇の面から考えてみたい。
再雇用は定年を契機にした雇用契約の再締結である。したがって、仕事の内容は現役社員を採用する時と同じように「こう働いてもらいたい」という会社のニーズと「このように働きたい」というシニア社員のニーズの擦り合わせを経て決定される必要がある。このことがシニア社員の活用策を考える出発点になる。シニア社員のために仕事を探す、あるいは新たに作るという施策は望ましくなく、企業はあくまでも「業務上の人材ニーズを明確にし、それを満たす適材をシニア社員の中から探す」というアプローチをとることが重要である。
具体的には、定年前の仕事を継続するのが活用策の基本になると思うが、それを補完する、シニア社員が自ら仕事を探し売り込むための制度を整備することも有効である。たとえばシニア社員版の社内公募制、社内インターンシップ制がこれに当たり、少数例ではあるが導入する企業が出てきている。
賃金は「何を期待し、どのように活用する社員であるのか」に規定されるので、「いまの能力を、いま活用して、いま払う」短期雇用型社員であるシニア社員には仕事ベースの賃金が合理的である。さらにシニア社員は前述したように「制約社員」という特性をもつので、賃金は同じ仕事であっても制約の程度に合わせて低下する(この低下部分を「制約化部分」と呼ぶ)。以上のことを踏まえると、シニア社員の賃金は定年を契機に次のように変化する。たとえば、現役社員に仕事に合わせて賃金を決定する成果主義型の賃金制度がとられている場合には、シニア社員の賃金は、定年前と同じ仕事であれば定年前より「制約化部分」だけ低くなり、仕事が変われば、仕事の重要度の変化による低下に「制約化部分」の低下を加えた額が低下する。

3.「変わること」を求められるシニア社員

以上の人事管理の再編とともに、シニア社員も変わる必要があり、とくに2つの点が重要である。第一に、シニア社員はキャリアに対する考え方を変える必要がある。多くのビジネスパーソンは、入社してから上のポジションを目指す「上る」キャリアを目標にしてきたはずである。しかし、定年後も働き続けることになれば最後まで「上る」を続けることは難しく、職業人生のある時点で(とくに定年を契機に)キャリアの方向を切りかえることが必要になる。
第二に、シニア社員は定年を契機に一担当者(あるいはプロ)に変わることが多いので、それに合わせて「働く意識と行動と能力」を変える必要がある。昔の部下に上司風をふかせるようでは、快く受け入れてくれる職場を見つけることは難しい。それでは、シニア社員に求められる「働く意識と行動と能力」とは何なのか。
もちろん高度な専門能力をもっていることは大切であるが、それ以上に重要なのは新しい役割のなかで活躍するうえで基盤となる能力(「プラットフォーム能力」)である。この能力は①過去にとらわれずに、新しい役割に前向きに向き合うことのできる「気持ち切り替え力」、②一担当者(プロ)という新しい役割に合わせて職場の同僚と水平的な目線で人間関係を構築できる「ヒューマンタッチ力」、③一担当者(プロ)であれば自分の仕事は全て自分で行うことになるので、そのために必要なITスキル等のテクニカルスキル(「お一人様仕事能力」)の3つの能力から構成される。
そうなると、シニア社員にとって最後に問題になることは、定年後も必要される専門能力に加えてプラットフォーム能力をどのように習得するかである。当然のことであるが、定年直前から始めたのでは遅すぎる。社員はミドル時代からシニア時代を意識してプラットフォーム能力を習得し、企業は研修等を通してそれを支援することが大切である。ミドル時代のこうした準備はシニア社員の戦力化につながるし、社員にしても、能力を十分に発揮し、意欲をもって仕事に取り組めるシニア時代を迎えることにつながる。
タイトルに「ミドル・シニア社員」の表現を加えたのはこうした思いがあるからである。職業人生が長くなり、ミドル時代は職業人生の後半戦が始まる時期になりつつある。その時期に将来のキャリアのあり方と、その実現のための能力開発に関わる戦略を考え直す意義は大きい。

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今野 浩一郎 先生

元学習院大学経済学部経営学科教授。人的資源管理からマクロの雇用問題まで、幅広く人材開発、人事マネジメント関して研究。労働政策 審議会委員、中央最低賃金審議会会長等を歴任。

特別講演「これからのミドル・シニア人材の人事管理と戦力化マネジメント」の概要はこちらから。

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