「役割創造project」とは、キャリア発達・キャリア開発とその支援という観点から、日本のミドル・シニア人材の「働き方改革」をライフワークスらしく実現していく取り組みです。

「役割創造」と「越境学習」の関連性と
「役割創造」を促すサポートのあり方

「役割創造プロジェクト」で取材させていただいた役割創造をして活躍している方々の多くが、「越境学習」の経験を持っています。「役割創造」と「越境学習」はどう関連を持ち、どのようなサポートが「役割創造」を促すのか。「キャリア権」や「越境学習」の研究で知られる法政大学大学院教授石山恒貴氏と、プロボノを人材育成に活用するナレッジワーカーズインスティテュート社代表取締役・塚本恭之氏による対談の様子をお届けします。

気づきや価値観の変容が「役割創造」に結びつく

−−−当社では「仕事・職務(会社組織)や社外活動においてポジションを持ち、自分のキャリア資産を活かして価値提供している状態」のことを「役割創造」と定義し、自ら役割を創造して活躍されているミドル・シニアの方々の取材を進めてきました。

この取材においてトランジションを役割創造につなげる過程をヒアリングしたところ、多くの方にスクールやプロボノ(仕事を持つ人が自らの専門知識や経験、技術を使って、ボランティア活動をすること)といった社外での学びや活動の経験がありました。「越境学習」と「役割創造」には関連性があるのでしょうか。

石山氏石山氏(以下敬称略):実は、社外で学べばいいというわけではないんです。「越境学習」という概念はまだ新しく、「自己啓発の一種で、社外で学ぶこと」と漠然と捉えている人も多いと思いますが、「越境学習」の「越境」とは「ホーム」からあえて出て、「アウェイ」に行くこと。それによって自分の思い込みや枠が外れ、気づきを得られて価値観の変容が起きることこそが「越境学習」です。だから、社内であっても異動や、組織横断的なプロジェクトへの参加など本人が「アウェイ」と感じている環境に身を置くことで「越境学習」がなされ、そこでの気づきや価値観の変容が「役割創造」に結びつくケースも少なくないのではと思いますよ。

塚本氏(以下敬称略):逆に、社外でプロボノや勉強会などに参加しても、そこが「ホーム」のような環境なら、気づきや価値観の変容は起きませんね。

石山:その通りです。もうひとつ、「越境学習」というのは複数の環境に身を置いて、行ったり来たりすることそのものに大きな意味があるんですよ。例えば、AからBに行ってそこの価値観に染まってしまえば、それは「越境学習」ではなくAからBに越境しただけ。AとBを行き来することでそれぞれの長所や短所を知り、モヤモヤしてこそ、内省が促されたり、新しい方向性を見出したりといったことが起きるんです。

塚本:モヤモヤがイノベーションを生むんですね。

「自分はここにいることを許されているんだ」という雰囲気づくり

−−−そのイノベーションこそがまさに「役割創造」だと思います。ところで、これまで「役割創造」の実践的事例として取材させていただいた方たちは自発的に越境をされていましたが、一般には越境する勇気が出なかったり、越境の必要性に気づかない方たちのほうが多数派だと感じます。そういった方たちの行動を促すためにできるサポートとして、どのようなことが考えられるでしょうか。

石山:好奇心を開発するというのもひとつのアプローチとしてありますよね。学問の分野ではIQテストや学力などの能力を「認知能力」と呼ぶのに対し、好奇心や意欲、社交性、協調性といった個人の特性を「非認知能力」と呼び、最近の研究では「非認知能力」も大人になってから開発できるとされています。そこで、多くの企業が研修やセミナーなどを通して、非認知能力である好奇心の開発を試みていて、それも大事なことです。ただ問題は、好奇心というのは簡単には開発できないんですよね。

石山氏塚本:むしろ「越境学習」の意味をきちんと理解してもらって、心理的ハードルを下げる方が早道なのかもしれません。越境をためらっている人って、越境というのは異業種交流会でたくさん名刺を交換することだと思っていたりしますよね。「自分は社交的でないから、とても無理」って。

石山:確かにそうですね。「越境学習」というのはパーティーで「壁の花」にならないことではありません。人との出会いを通して新しい気づきを得ることが重要なのであって、無理をして知らない場所に出かけて行って社交的に振る舞う必要はありません。私自身もパーティーは苦手で、何とかうまくやれたとして1カ所に留まって周囲の人たちと世間話をするくらい(笑)。

塚本:実は、私も苦手ですね。

石山:苦手な人、多いと思いますよ。一方、ある企業の人事部長の場合はひとりで初めての飲み屋さんを何軒もはしごして店主や常連さんと話すことが「越境学習」になっていると言うんです。性格によって向き、不向きがありますから、人との交流の度合いとしてはそれぞれが「ちょっと背伸び」をするくらいの場を選ぶといいのではないでしょうか。

−−−社交性にあまり自信がない人でも「ちょっと背伸び」できる場とは?

石山:ワールドカフェ方式であるテーマについてみんなで話すなど、枠組みが決まっている方が気楽に交流できたりしますよね。人見知りの人にフリートークはハードルが高いです。

塚本:フューチャーセッション(意思決定は合意形成のための場ではなく、常に問いを開き続けることで参加者自身が目的を創り出し、主体的に実行することを促す創意形成の場。いわゆる有識者会議と異なり、広範なステークホルダーが参加することに特徴がある)も枠があって、問いに対して話すという一定のルールがあるので、初めての方でも参加しやすいという声を聞きます。

石山:「役割創造」の取材事例に登場している方たちの中にもプロボノ経験者が数名いらっしゃいましたが、プロボノもハードな越境ではない、「ちょっと背伸び」かもしれないですね。知らない人同士が話すための枠組みも確立されているし、自分がすでに持っているビジネススキルを使って活動できますから。

塚本:あるテーマについて話す、ひとつの目的に向けて協働するなど何か役割や仕事が用意されていると、その場に居やすいですよね。「自分はここにいることを許されているんだ」という雰囲気があると。私もプロボノをコーディネートしたりイベントを運営する立場として、そのあたりの空気作りは大切にしています。

新たな挑戦を受け入れてくれ、実践できる場があるかどうかが重要

−−−ゼロから役割を作るとなるとどうしていいかわかりませんが、参加者に何らかの役割が与えられるような場を設計してあげると、社外、社内を問わず越境のハードルが低くなりそうですね。ただ、越境で学びを得てもそれを「役割創造」につなげられるケースとそうでないケースがあるように思います。その違いは何でしょうか。

石山:まず、越境した個人が学んだことを内省・概念化できているかどうかでしょうね。最近ではプロボノや社外交流会などの越境学習を人材育成に取り入れる企業もでてきていますが、そういった場合は、越境後に個人面談を行うといったことも有効なサポートになると思います。もうひとつ大きいのは、越境学習を通して個人が自分の新たな価値を見つけた時にそれを受け入れてくれ、実践できる場があるかどうか。

塚本:そこはとても重要なポイントだと私も思います。越境先で学んだことをすぐに所属部署で役立てられなくても、社内プロジェクトで活かせたり、ジョブポスティング制度のようなものがあると還元しやすくなりますよね。ただ、現実には越境先で学んだことを職場で実践しようとしても、会社で提案を聞いてもらえず、「余計なことを考えず、与えられたことをやれ」と言われたという悩みをよく聞きます。結局、越境先でやっていることの方が面白くなって、転職をしたという人もいます。

石山:それはそれで個人にとっては「役割創造」ができているわけですが、企業としてはもったいないですよね。転職した社員ともアライアンスを組んで競争力をつけようというような広い視点を持った企業ならまた話は別ですが。

塚本:残念ながら、そういう企業はまだ少ないですよね。

石山:ハックマンとオルダムの「職務特性モデル」では、人を動かすのは仕事の中身や職務の特性であるという考えに基づいていますが、やはり人が仕事をする時に面白い職務かどうか、自分が工夫する余地があり、その工夫に対してフィードバックや評価があるかどうかというのは重要な動機づけなんです。最初から提案を聞いてもらえないような環境では、越境先で学んだことを会社に還元しようと思うはずがありません。

社員の内発的動機づけを高める組織づくり

−−−最後に、越境学習が「役割創造」につながる一連のプロセスの中で、企業が社員をサポートできることがあるとしたらどのようなことでしょうか。

石山:過保護にならないことだと思いますね。越境学習にしても、「役割創造」にしても人から言われてもできない。内発的動機づけがないとダメなんです。研修やセミナーなどを通して情報や物の見方を提供することには意味がありますが、「越境学習をしなさい」「役割創造をしなさい」と言えば言うほど社員はやらなくなってしまう。それよりも社員の裁量の範囲を増やすことが一番のサポートだと思いますよ。

塚本:「役割創造しなさい」と言っておきながら、いざ社員が自律的に行動しようとしたら、その余地がないというような環境ではツラいですもんね。

石山:シニアの職域開発にしても、これまでどちらかというと裁量の余地のない、事務的な仕事をわざわざシニア社員用に作って与えるというのが主流でしたが、「役割創造」を促したいなら、全く違う発想が必要だと思います。部下がいなくても裁量権はきちんと与える。社員の内発的動機づけを高める組織づくりこそが「役割創造」を促すのではないでしょうか。

−−−社員の自律性を損なわないサポートの重要性なのですね。本日はありがとうございました。


プロフィール

石山恒貴 氏石山恒貴 氏法政大学大学院政策創造研究科教授。一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。電機メーカー、医療系企業執行役員などを経て現職。専門分野は人的資源管理(特に越境学習や実践共同体など)、雇用マネジメント。

塚本恭之 氏塚本恭之 氏ナレッジワーカーズインスティテュート株式会社代表取締役、一般社団法人企業間フューチャーセンター代表理事。スモールビジネスコンサルタント(中小企業診断士)。大企業勤務時代よりNPOや中小企業等のスモールビジネスを支援するプロボノ団体の理事を務めながら、70件以上のプロボノプロジェクトを統括する。 2014年10月にプロボノを人材育成に活用するナレッジワーカーズインスティテュート株式会社を設立、代表取締役に就任。大手金融機関やメーカーなどの研修実績がある。