「役割創造project」とは、キャリア発達・キャリア開発とその支援という観点から、日本のミドル・シニア人材の「働き方改革」をライフワークスらしく実現していく取り組みです。

2017.10.10 個人の活躍

それぞれがそれぞれの形で。
ボランティア活動を通じてライフキャリアを開発

それぞれがそれぞれの形で。 ボランティア活動を通じてライフキャリアを開発

ブラインドサッカーを知っていますか? 視覚障がい者のために考案された5人制のサッカーです。選手はアイマスクをつけ、音が出るボールと敵陣ゴール裏のガイドや、監督、ゴールキーパーからの声による情報を頼りにプレー。視覚以外の全感覚を研ぎ澄ませて展開される迫力のある試合が魅力で、競技人口も少しずつ増えています。このブラインドサッカーの普及を2006年からサポートするアクサ生命保険株式会社に勤務しながら、「日本ブラインドサッカー協会」の活動に取り組む塩嶋史郎さんと高木和男さんに社外での活動とキャリアの関係性についてうかがいました。

自ら動き、汗を流して活動してきたからこそ得られた喜び

---今日はこれからブラインドサッカー日本一を決める「第16回 アクサブレイブカップ ブラインドサッカー 日本選手権」の決勝戦ですね。有料の指定券チケット204枚はすでに完売とか。

塩嶋さん: ブラインドサッカーの国内大会で有料席を設けたのは、昨年の日本選手権が初めて。指定席、自由席を併せて100枚を完売し、今年は席数を増やしました。従来、障がい者のスポーツは無料が当たり前でした。お金を払ってでも観たいと思ってくださるというのは、ブラインドサッカーを選手はもちろん、観る人にも楽しめるようにと活動してきた身としては本当にうれしいです。

高木さん: 日本選手権のお手伝いを始めて10年になりますが、当初は大会の様子も今とはずいぶん違いました。選手が視覚情報なしにラインを判断できるよう設置するサイドフェンスがなく、ボランティアが手をつないでフェンス代わりになり、「カベ、カベ」と声を出して選手にラインの存在を知らせていたんですよ。会場は今より狭かったのに閑散としていて、お客さんを呼ぼうとポップコーンをみんなで作ったりしましたよね。

塩嶋さん: 懐かしいなあ(笑)。勤務先のアクサ生命も2006年からブラインドサッカーのサポートをしているのですが、企業の社会的責任を果たす取り組み(CR=Corporate Responsibility)の根底には「地域社会に対する責任を果たす取り組みでは、企業は単にお金を寄付するだけはでなく、社員が自らの時間を寄付することで貢献する」「一企業人である前に、一企業市民であれ」という基本理念がありましてね。私はこの考え方に共感しているんです。会社に閉じこもっていたら出会えなかった人たちとのつながりや、社会の中で自ら動き、汗を流して、多少なりとも何かを作っている感覚を仲間と共有し、課題を一つひとつクリアしてきたからこそ得られた喜びがあると感じています。


ブラインドサッカーのサポートを始めた理由はさまざま

---おふたりがブラインドサッカー関連の活動をするようになったのは、会社が支援を始めたことがきっかけだったのでしょうか?

塩嶋さん: rc_c_170921_02.jpg私が活動を始めたのは2005年で、たまたま翌年から会社が支援をスタートすることになり、一層深くかかわるようになりました。ブラインドサッカーに出合ったのは、別のボランティアで出会った人に「こんなボランティアもあるよ」と聞いたのがきっかけです。当時、私は50代はじめで、神戸支社で支社長を務めていました。それまでどちらかというと仕事一辺倒だったのですが、定年を意識する年齢に差しかかり、キャリアを「ライフキャリア」として捉えるようになりましてね。「会社のデスクに座っている時だけでなく、生活全体の中で自分がどう生きるのか、自分に何ができるのかを見つけたい」という思いから、ちょこちょことボランティア活動を始めていた時期だったんです。

初めてブラインドサッカーを観た時に衝撃を受けたのは、何とわかりやすく、スタイリッシュなスポーツなんだろうと。試合展開もスピーディーで激しく、視覚障がいがある選手たちがプレーしていることを一瞬忘れるほど。単純に、観ていて面白いと思い、最初は"人フェンス"になったり、ボールを用意したりといったことからお手伝いするようになりました。

---現在は「日本ブラインドサッカー協会」の副理事長としてブラインドサッカーの普及・推進に携わっていらっしゃいますよね。これほど深く関わるようになったのは?

塩嶋さん: ブラインドサッカーが障がい者と健常者が同じコートに立てるスポーツであり「視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現する」という協会のビジョンに共感したことが大きかったです。競技そのものを広くみなさんに知っていただくだけでなく、このビジョンを伝えたいと思っています。

高木さん: 塩嶋さんのそんな真面目な話、久しぶりに聞きました(笑)。

---高木さんが活動を始めたきっかけは?

高木さん: rc_c_170921_03.jpgもともとは、20年ほど前から少年サッカークラブの活動を手伝っていたんです。子どもが地域のサッカークラブに入ったのがきっかけです。クラブに審判がいなかったことから、「何か手伝えれば」と審判の資格を取りました。子どもの手が離れてからは、ちょっとヒマになりましてね。休日に地元のサッカー協会の運営を手伝ったり、小学生から社会人までいろいろなサッカー大会の審判員をやったりしています。その流れでフットサルの審判の資格も取りました。ブラインドサッカーのルールはサッカーよりもフットサルに近いので、フットサルの審判の経験が生きていますね。今一緒にブラインドサッカーの審判をやっている人たちには、フットサルの審判員として知り合って勧誘をさせてもらった人も多いです。

ブラインドサッカーを知ったのは、私の場合、会社で募っていた大会のボランティアに参加したことがきっかけです。塩嶋さんと同じで、スポーツとして面白いなと思いましたね。ただ、最初は年に1回、大会のお手伝いをする程度でした。深くかかわるようになったのは、2011年くらいだったかな。塩嶋さんに「審判をやりませんか」と声をかけてもらったのがきっかけです。

塩嶋さん: 当時は審判ができる人材が少なく、目の見える選手が審判をやるような時代でした。

高木さん: 選手の保護者の方や養護学校の先生など、サッカー経験のあまりない方が審判を務めることもありましたよね。何回かそういう試合を見て気にはなっていたのですが、協会のこともよく知らなかったし、そのままになっていました。そんな時に声をかけてもらって、「自分の経験が役立つなら」と審判を始めたんです。そのうちに協会の審判部で活動するようになりました。


社外で活動することで、見えてきたもの

---現在、御社ではどのくらいの社員の方がブラインドサッカーのサポート活動をされているんですか?

塩嶋さん: ボランティアは70名くらいですが、観戦に行くなどブラインドサッカーに何らかの関わりを持っている社員は200名以上いると思います。協会でもまずはブラインドサッカーを観て、楽しんでいただくことが大きな支援だと考えているので、うれしいですね。

---たくさんの方が参加されているんですね。社員のボランティア活動に関して、会社からバックアップは?

塩嶋さん: 制度としてボランティア休暇もありますが、ボランティアに参加する社員が多いのは、CRが企業文化に浸透し、大切に守っていこうという社風が根付いているからだと思います。フレックスタイム制や在宅勤務の導入など「働き方改革」が進んできたことも、社外での活動のしやすさにつながっています。

---ブラインドサッカーのサポート活動を始めて、ご自身に変化はありましたか?

塩嶋さん: たくさんありますが、以前よりも俯瞰して自分の仕事を考えるようになりました。組織の中でそれぞれの社員が専門性のある仕事をしていると、その仕事の向こう側にいるお客さまの顔が見えなくなってしまうことも少なくありません。私自身にもその傾向があったと思います。でも、会社から一歩出て、さまざまな人と出会うと、「世の中の人たちが何を考えているのか、何を求めているのか」を少しリアルに感じられるようになりました。その上で、会社の仕事だけでなく、社外での活動を含めて自分に何ができるかを見つけて行動するようになりました。

---高木さんはいかがですか?

高木さん: うーん、そうですね。私の場合は会社でも社外でも自分がやっていることにあまり変わりはないと感じています。審判の面白さと難しさって、試合の全てを自分でマネジメントしなければいけないことだと思うんですね。どこまでを反則とするか、笛を吹くのも判断ですが、吹かないのも判断。つまり、試合中は絶えず判断を繰り返していることになります。

サッカーほどの瞬時の判断は求められませんが、いろいろな判断が必要なのは仕事も同じですよね。その時に、私は「いかに笛を吹かず、マネジメントできるか」が大事だと思っています。サッカーの場合は試合の流れをなるべく止めない方が両チームとも選手が力を発揮しやすいし、観客も試合を楽しめる。仕事の場合も笛を吹かずに見守って、相手も自分も一歩下がって考えることでいい結果が出ることが多いですよね。そんな感じで、社外での活動をすることで取り立てて発見や変化があったというわけではないのですが、会社以外に自分の何かが役立つ場所があるというのはいいことだなと思っています。


タテもヨコもナナメもない人間関係を構築する力

---今後のライフキャリアについてお考えを教えていただけますか?

塩嶋さん: 現在、私は定年後の再雇用制度を利用して働いていまして、仕事では「"何もしない"ということを積極的にやっていこう」と心がけています。無為而無不為、何もしない、そしてすべてをやり遂げる、という意味です(Do Nothing & Do Everything)。 自分が何か実績を上げるというよりは、部門横断的に人と人を繋げたり、後輩をサポートしたり、組織の潤滑油としての役割を果たせたらいいですね。

今は多くの会社で組織がフラット化していて、若い人がどんどん活躍している半面、社員間の競争も激しくなり、先輩が後輩に何かを教える機会も減っているように感じます。ブラインドサッカーの活動をしていて良かったことのひとつに、競技環境が整っていないところから一つひとつの課題をみんなでクリアしていく中で、タテもヨコもナナメもない関係を築きながら物事をやるという経験ができたこと。「先輩が後輩に何かを教える」というと、何か身構えた感じもありますが、そうではなくて、ブラインドサッカーの仲間たちと一緒にやる感覚で仕事もやっていきたいと思っています。

ブラインドサッカー関連の活動は生涯やっていけたらと思っています。かつてよりは普及が進んだとはいえ、協会のビジョンである「ブラインドサッカーを通じて、視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現すること」までには課題が山積みですし、協会のスタッフも60人を超え、今後は組織づくりの課題も出てくるかもしれません。でも、心配はしていません。これまでと同じようにいろいろな人たちと力を合わせていけば、解決方法はきっと見つかると思っています。

高木さん: 今年も国際ルールの変更がありましたが、ブラインドサッカーをめぐる環境はどんどん変化していて、審判員としても常に新しいことに取り組んでいるような感じです。私のとりあえずの目標は2020年の東京パラリンピック。審判員としての自分の力量を上げていくだけでなく、日本のブラインドサッカーの審判体制をもっと整えていきたいです。

現在、私は56歳。最近では後進の育成も意識していて、サッカーの審判インストラクターの資格も取得しました。会社でも自分の今まで積み重ねてきたものを使って、後進の育成に力を入れていきたいと思っています。ブラインドサッカーに限らず、サッカーには何らかの形でかかわり続けたいですね。サッカーやブラインドサッカーにかかわる活動でやりたいことはまだまだありますが、最後の最後は、選手たちが思い切りプレーしている姿を楽しく観られれば本望です。

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プロフィール

塩嶋 史郎さん 1954年生まれ。1978年、日本団体生命保険株式会社(現・アクサ生命保険株式会社)入社。全国各地の営業店で営業所長、支社長、エリア営業部長などを務めた後、営業教育、人事研修、社員サービスなどの部署で活躍。ブラインドサッカーには2005年からボランティアとして関わりはじめ、2012年より日本ブラインドサッカー協会の副理事長を務めている。


高木 和男さん 1960年生まれ。1983年、日本団体生命保険株式会社(現・アクサ生命保険株式会社)入社。人事、経営戦略・企画、営業、お客さまサービスなどの部署で活躍。1996年より地域の少年サッカークラブに保護者として関わり、サッカー審判員4級(現在はサッカー3級、フットサル3級、サッカーインストラクター3級)の資格を取得。2006年よりブラインドサッカーの支援にボランティアとして参加し、2012年からは審判員を務めている。

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