「役割創造project」とは、キャリア発達・キャリア開発とその支援という観点から、日本のミドル・シニア人材の「働き方改革」をライフワークスらしく実現していく取り組みです。

2018.08.10 企業の取り組み

創業以来の革新と挑戦の精神「やってみなはれ」を大切に、 ボトムアップ型の取り組みで社員一人ひとりのキャリア自律を支援

創業以来の革新と挑戦の精神「やってみなはれ」を大切に、 ボトムアップ型の取り組みで社員一人ひとりのキャリア自律を支援

2013年に「65歳定年制」を導入するなど、シニア層社員の活躍を積極的に応援しているサントリーホールディングス株式会社。入社時から継続的に自律的なキャリア開発支援を行なっている企業としても知られ、その成果がシニア層社員の役割創造にもつながっているようです。

シニア層社員の一層の活躍を促すために、2013年に「65歳定年制」を導入

---御社では2013年に従来の再雇用制度から65歳定年制に移行されましたね。

斎藤さん: 実は、定年の引き上げについては、すでに2000年代後半に佐治信忠社長(現会長)から導入の提案がありました。社長の言葉をそのままお話ししますと、「日本全体がいずれそうなるのだから、先取りしてやらんかい」と(笑)。

サントリーには創業期から「やってみなはれ」という革新と挑戦の精神が受け継がれていまして、少子化・高齢化に伴う労働力や年金の問題にいち早く取り組み、企業の社会的責任を果たしたいという社長の思いに、人事部としても異存はありませんでした。当時当社では「エルダーパートナー制度」と呼ばれる再雇用制度を実施しておりましたが、シニア層社員のさらなるモチベーションアップを図るためにも、定年延長がより望ましいと判断した次第です。

従来の「エルダーパートナー制度」では、60歳以降は「嘱託社員」として定年前よりも軽度の業務を担当し、賃金などの処遇は基本的に一律でした。これに対し65歳定年制においては、グループ会社への出向者を含めたサントリーホールディングスの社員全員が、60歳以降も正社員であり続け、仕事内容や労働時間などは基本的に60歳前と変わりません。

---処遇についてはどうでしょう?

斎藤さん: 65歳定年制の導入に伴い、60歳以降の処遇のベースとなる3段階の職能資格制度を新たに設定し、60歳到達時点の資格にもとづき処遇しています。当社では2004年より管理職層に役割等級制度を導入しており、60歳以前の管理職の月例給は役割給と資格給で構成されていますが、60歳以降はすでに役職を離れている例がほとんどなので、原則として資格給のみとなります。そのため、管理職だった社員の年収は60歳到達前の6〜7割になりますが、再雇用制度の時よりは上となります。また、年4回の上司との面談を通して、業務目標を設定し業務プロセスも含めた評価を行い、それによって年2回の賞与額が変わることは60歳前と全く変わりはありません。

---65歳定年制導入後の社内の反応はいかがですか?

斎藤さん: 導入時は「エルダーパートナー制度」で在籍する社員が300名ほどでしたが、2018年春に65歳定年制への移行が完了しました。60歳以降もそれまでの経験や能力を生かして働け、成果を処遇につなげる仕組みがあるため、シニア層社員からは「まだまだ体も元気なので、続けて働けるのはうれしい」という声が多いです。

丸井さん: rc_c_180727_02.jpg実は、私も定年延長一期生です。制度が変わると聞いた時は、「まだ働ける!」とポジティブな印象が大きかったですね。再雇用を希望するのは定年に達した社員の80%ほどでしたが、移行後は95%以上が定年延長を選択しています。なお、当社では以前から自由選択定年制を採用しており、現在のところ利用者は数えるほどですが、45歳以降65歳までは自らの意思で定年を選択することができます。


人事部門の社員からの提言で、「キャリアサポート室」が誕生

---御社では役職勇退制度を実施されていますが、65歳定年制導入にあたり、役職勇退制度の内容に変更はありましたか?

斎藤さん: 当社では、組織の健全な世代交代のために、1990年代初頭から役職勇退制度を取り入れており、2004年の制度見直しを経て、現在、課長職、部長職ともに、50歳代に一定ルールのもとで後進にポストを譲る仕組みになっています。定年延長に当たり、役職勇退制度についても議論を重ねましたが、組織の全体最適を考え、内容の変更は行わないことにしました。

役職勇退後の社員にいかに活躍いただくかは多くの企業にとって重要な課題であり、当社も例外ではありません。肩書きや報酬などの外的キャリアだけではモチベーションを保つのが難しい状況のなか、シニア層社員が自分らしく、いきいきと力を発揮し続けるために会社や人事はどのような支援をすべきか。定年延長に伴い、シニアのキャリア支援のあり方については改めて議論を重ねました。「キャリアは自らが主体となってつくっていくもの」という考えに基づいて支援を行う「キャリアサポート室」の活動は、そこに大きな意義を見出しています。

---キャリアサポート室とは?

斎藤さん: 「やってみなはれ」には、「みとくんなはれ」という対語がありまして、自ら目標を設定して挑戦し、やり抜く姿勢を持っていることが当社の社員の特徴です。しかし、社員の愛社精神が高く、離職率が低いこともあってか、自らのキャリア開発については「会社にお任せ」という傾向があったことも事実です。

事業環境の変化の中、企業競争力を高めるには、社員一人ひとりの自律的なキャリア開発を支援し、社員の「やってみなはれ、みとくんなはれ」精神を応援する必要がある。そう考えた人事部門メンバーの提言によって2007年に誕生したのが、キャリアサポート室です。HR本部内にありますが、会社視点ではなく、社員一人ひとりの視点に寄り添って支援を行う独立した組織で、現在は8名のキャリアアドバイザーが所属しています。


中長期でキャリアを考えるための気づきや情報を提供

---キャリアサポート室ではどのような支援をされているのでしょう?

斎藤さん: 節目ごとに社員が自分自身のキャリアを考える「キャリアワークショップ」の開催と、「キャリア面談」の二つが活動の中で大きな柱となります。キャリアワークショップは対象を就職4年目、就職10年目、40代、45〜50歳のマネージャー層、53歳、58歳とし、40代向け以外は受講を必須としています。当初、50代向け研修は応募型で1回のみ行っていましたが、2013年の65歳定年制導入にあたり、53歳と58歳の2回、受講を必須として実施することにしました。年代によってテーマを設定しており、53歳は「キャリアを拡げる:成長の再確認」、58歳は「キャリアを活かす:成長の継続」。プログラム構成はどの年代も「自己理解」「環境理解」「行動計画」の3ステップで、受講後、3カ月以内にフォロー面談を行います。一部に外部講師も招いていますが、多くの場合、キャリアサポート室のメンバーが講師・ファシリテートを務めています。

「キャリア面談」はワークショップのフォロー面談のほか、異動・昇進、経験入社、役職勇退、育児・介護休暇復帰時など大きな環境変化があった社員を対象に実施しています。また、個別のキャリア面談の希望も随時受け付けています。

---ミドル・シニア層の社員の方々との個人面談では、どのようなキャリアの悩みを相談されることが多いですか?

山内さん: rc_c_180727_03.jpg定年や役職勇退が視野に入る時期ということもあり、「キャリアの展望が持てない」と悩んでいる方は多いですね。ただ、「会社の中での仕事人生だけでなく、ライフを含めたキャリアを考えてみましょう」とお話すると、少し視野が広がり、「子どもが成人するまで8年あるから、少なくてもそこまでは頑張らなくては」「定年退職後は社会貢献活動をしてみたいので、自分に何ができそうか、今から考えておこうと思う」などと話してくれたりします。

丸井さん: 個別面談にしても、ワークショップにしても、キャリアサポート室では中長期でキャリアを考えるための気づきや情報を提供することを大切にしています。53歳、58歳のキャリアワークショップを受講した方からも「定年が終わりではないと気づいた」「まだ成長したい」といった声があり、うれしいですね。


現場でメンバーの成長を見守る上司をいかに支援するかが課題

---日々仕事で忙しくしていると短期的に物事を考えがちですが、キャリアを自律的に考えるうえで、中長期の視点を持つというのは大変重要ですね。

斎藤さん: そう思います。当社では1970年代初頭から、年1回自ら異動希望を申告できる「自己申告制度」を実施していましたが、これも短期的な視点での申告になりやすいのが課題でした。そこで、キャリアサポート室も協力して従来の仕組みを変え、「キャリアビジョン制度」を2013年に新設しました。社員が記入した「キャリアビジョンシート」をもとに中長期のキャリアについて上司と話し合い、それを育成や配置につなげていくというものです。

「キャリアビジョン制度」もそうですが、社員の自律的なキャリア開発の支援には上司層の理解や協力が欠かせません。現場でメンバーの成長を見守る上司をいかに支援するかが目下、私たちが取り組んでいる重要課題。例えば、2018年6月からは新任マネージャー研修の中で、メンバーとのキャリア面談を想定したロールプレイを実施しています。

---メンバーが年上の場合、キャリア面談でどのようなアドバイスをすればいいのかわからない上司の方もいますよね。

斎藤さん: 研修で実施するロールプレイでも、年上のメンバーとの面談は想定場面のひとつに設定しています。また、上司が過去に配属されたことのない部署への異動をメンバーが希望している場合など、自分に経験のないことに関するアドバイスは難しいもの。しかし、そういう場合、無理にアドバイスをする必要はありません。まずは相手の話を聞き、理解しようとすれば、信頼関係が生まれます。上司がメンバーのキャリア支援でまず必要なのは、「この人は自分の成長を真剣に考えてくれている」という信頼をメンバーから得ること。それができれば、関連部署や経験者を紹介するなど具体的なアドバイスの方法はいくらでもあります。


「自分らしく、いきいきと働き続けたい」という思いは誰しも持っている

---社員一人ひとりの視点に立ったキャリア支援の取り組みを丁寧に行われていることがよくわかりました。これらの取り組みによって、シニア層社員の姿勢に変化は見られますか?

斎藤さん: rc_c_180727_04.jpg 自分自身がいきいきと働け、周囲からも頼られる存在になるにはどうすればいいのかを自ら考え、「こういうことをやりたい」と手を挙げてくれるシニア層社員が増えてきたことがうれしいですね。その代表例が、役職勇退をしたある社員が2014年からスタートした「TOO活動」です。「TOO」とは「隣のおせっかいおじさん・おばさん」の略でしてね。役職勇退後の社員が豊富な経験を生かし、若手社員のカウンセリングやマネージャーへのアドバイス、職場交流会の開催など職場の潤滑油としての役割を務めてくれています。

また、キャリアサポート室やCSR関連の部署で後進の育成や社会貢献に携わりたいと希望する社員も多いです。ここにいる山内もキャリアサポート室への異動を自ら希望し、異動前からキャリアカウンセリングの勉強をしていたんですよ。

山内さん: シニア層社員の個別面談では、「2020年のオリンピックでボランティアをしたいから、英語を勉強中です」「料理が好きだから、調理師資格を取るレベルまで極めたい」などライフの面での希望を話してくれる方も多くなりました。ライフで目標があると、仕事にも元気に取り組めているようです。

丸井さん: 58歳時ワークショップのフォロー面談も担当していますが、私が面談したシニア層社員はひとり残らず、「これからも頼られる存在でいたい」「次はこれをしたい」といった前向きな気持ちを持っていました。中には、どうすれば自分の思いを形にできるのか答えが見つかっていない人もいますが、「自分らしく、いきいきと働き続けたい」という思いを持たない人と出会ったことはありません。

斎藤さん: その思いを同じ社員の視点で受け止め、サポートしていくのが私たちキャリアサポート室の役割であり、HR本部の中とはいえ独立性をもった、ボトムアップ型の組織だからこそできることもあると感じています。例えば、個別面談は守秘義務前提で行いますので、個人情報をHR本部や関連部署と共有することはありませんが、全体的な課題を提言し、社員の生の声を制度や仕組みに反映することはできます。

もっとも、私たちは特別なことをしているわけではありません。先輩たちが培ってきた企業風土の中で社員一人ひとりに育まれている「やってみなはれ、みとくんなはれ」の精神が本来あるべき姿で発揮されるよう、気づきの機会を提供しているだけ。そういう意味では、社員が自分の役割を創造していくには、その挑戦を応援する企業風土こそが最も大切なのかもしれませんね。


取材にご協力いただいた方

サントリーホールディングス株式会社
ヒューマンリソース本部 キャリア開発部 キャリアサポート室長 斎藤誠二さん
キャリア開発部 キャリアサポート室 専任部長 丸井義幸さん
同専任課長 山内明さん

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