「役割創造project」とは、キャリア発達・キャリア開発とその支援という観点から、日本のミドル・シニア人材の「働き方改革」をライフワークスらしく実現していく取り組みです。

2018.11.19 企業の取り組み

サトーホールディングスの「65歳定年制」導入と活用方法とは?

サトーホールディングスの「65歳定年制」導入と活用方法とは?

2007年に「65歳定年制」を導入するなど他社に先駆けてミドル・シニア社員のキャリア支援に取り組んできたサトーホールディングス株式会社。これまでに実施してきた施策や、長期にわたって取り組みを続けてきたからこそわかるミドル・シニア社員が活躍するためのポイントと課題についてうかがいました。

経営トップの強い意志と企業風土を背景に、2007年に「65歳定年制」を実施

---サトーホールディグスさんでは「65歳定年制」をすでに11年実施されていますね。導入の経緯を教えていただけますか?

赤楚さん:当時、創業者の後を継いだ社長・藤田東久夫(故人)の「やる気がある社員がいつまでも活躍できるようにしたい」という強い意志と、当社でエスプリと呼ぶ行動規範に掲げられている「他と違うことをやる。同じことなら先駆けてやる」という精神のもとで導入が進められたと聞いています。

赤楚宏幸さんベースには、当社が経営戦略として「個の強み」を重視してきたことがあります。サトーグループは現在、自動認識ソリューションの総合メーカーとして「モノ」と「情報」をつなぐ事業を展開しており、身近なところでは小売店の値段ラベルを印字するプリンターやラベルなどを製造しています。1940年創業当時の竹加工機から始まり、お客さまの課題を解決する「現場力」によって外部環境を先取りし、事業を革新して成長してきたのです。その源泉は社員一人ひとりの力。「個の強み」をいかに引き出し、企業の持続的成長につなげていくのか。当社の人事施策のキーワードは「個」であり、年齢、性別を問わず多様な社員の活躍をサポートすることが人事部門の役割だと考えています。

---社員にいつまでも活躍してほしいと考える経営者は多いものの、実際には人件費や後進の活躍などの観点から導入に踏み込めない企業も多数あるように思います。

赤楚さん:「すぐやる」ということも当社のエスプリのひとつに掲げられていまして(笑)。「まずはやってみて、状況に合わせて変化させていく」ということで、ベテラン社員に関する施策については、段階的な取り組みを行ってきました。2007年に「65歳定年制」を始めた後、2011年には「あなたと決める定年制」という制度を導入しました。


役職定年後のキャリアの長期化で、50代社員のモチベーションが低下

---「あなたと決める定年制」はどのような制度なのでしょう?

赤楚さん:65歳以降の再雇用制度で、年齢の上限はなく、本人と会社の合意があればいつまででも働けるという制度です。

また、定年に達していなくても別のフィールドで第二の人生を送りたい社員のために早期退職制度も導入しました。 51歳から62歳までの退職者には年齢や資格等級に応じて300〜2000万円の退職加算金を支給します。やる気があり、会社とニーズが合えばいつまでも働ける一方、社外で第二の人生を歩むこともできる。より社員の「個」に向き合ったキャリア支援をしたいという考えのもとに生まれた制度ですが、取り組みを進めるにつれ、課題も見られるようになりました。

---課題とは?

赤楚さん:特に大きかったのは、役職定年後のキャリアが長期化することによる社員のモチベーションへの影響です。当社では従来、ライン管理職は56歳、執行役員は60歳を役職定年と定めており、定年延長後も一部の例外を除いて役職定年制度は継続したままでした。結果として、「役職定年」から定年までの9年間、自分の役割がうまく見出せず、モヤモヤしたまま働き続けてしまうケースが見られるようになってしまいました。

竹中アキさん竹中さん:当時は役職定年によって責任の大きさは変わるものの、仕事内容そのものに大きな変化はないというのが実情ではあったんです。一方、賃金は役職定年時に減額し、60歳から65歳までは段階的に減額していく仕組みでした。そのために、50代は「引退モード」という意識を持つ50代社員が増え、モチベーション低下が起きやすい状況が生まれました。

赤楚さん:会社としては社員にいつまでも活躍してほしいという思いから定年延長を実施したわけですから、それでは困ります。「50代は最前線でバリバリ成果を出してほしい」という会社の期待を社員に明確に伝えるにはどうすればいいのか、打ち手をいろいろと考え、まずできることをやろうということで2017年2月に着手したのが役職定年の見直しと、それに伴う賃金カーブの変更です。ライン管理職の役職定年を60歳とし、56歳での賃金減額は廃止。その代わりに60歳から減額の幅を大きくし、その後は65歳まで減額無しという仕組みにしました。

竹中さん:60歳からは大幅に賃金が下がることになりますが、同時に60歳での役割の変更を以前よりもはっきりとさせることにより、「役割の変化に応じて、賃金も変化する」と社員に理解してもらいやすいスタイルになりました。一方、やる気と実力を備え、管理職として引き続き活躍してほしい社員には役職定年を適用せず、賃金の減額も行わないという取扱いも設けられました。


50代の「引退モード」を払拭するため、キャリアセミナーの内容も見直した

---50代での役職定年を見直すことによって、50代を走り切り、60代からも社員と会社のニーズが合えば、より活躍できる環境を整えていかれたんですね。

赤楚宏幸さん赤楚さん:もうひとつ大きかったのは、キャリアセミナーの見直しです。定年延長を実施したり、「あなたと決める定年制」を導入するにあたり、社員の自律的なキャリア開発をサポートする目的で、50代社員を対象としたキャリアプランセミナーの実施やキャリア支援室の新設といった取り組みも行ってきました。ただ、このキャリアプランセミナーが「老後のマネープランをどうするか」といった内容に重きが置かれていて、「引退モード」を誘発しかねないところがありました。そこで役職定年の見直しと同じタイミングでスタートしたのが、50代を第一線でいかに活躍するかをテーマとした「いっしんセミナー」です。「いっしん」には一致した心を持つという「一心」や、「一新する」という意味が込められています。

---「いっしんセミナー」の内容について教えていただけますか?

竹中さん: 56歳を迎える社員を対象に実施しており、諸制度の説明を通し、「50代以降も自分の能力をフルに発揮して活躍してほしい」という会社の思いとともに、現職以外にも異動希望を出したり、早期退職制度の活用といったキャリア選択もできるということを発信。その上で、自己分析や自分史作成といった事前課題をもとにグループディスカッションを行ったり、先輩ベテラン社員の話を聞くなど仕事だけでなく自分の人生を見つめ直してもらう内容としています。

セミナー後は1カ月以内に本人と直属の上司、人事部門所属のキャリアコンサルタントによる三者面談を行い、56歳以降の本人のキャリアプランの確認をします。他部署への異動希望がある場合は対象部署と調整を行い、キャリア転換が実現したケースもあります。

---竹中さんはセミナーの企画・運営のほか、キャリアコンサルタントとして面談も担当されているそうですね。セミナー後、早期退職の道を選んだ方もいらっしゃいますか?

竹中さん:今年度でセミナーの開催は2回目ですが、これまでにセミナー後すぐに早期退職した社員はいません。ただ、セミナーでは自分の人生を振り返り、自分のやりたいことをじっくりと考えるので、面談時に「将来的には社外でこういうことをやりたい」と素直な気持ちを話してくれる人はいますよ。セミナーも面談も、主体は組織ではなく社員一人ひとりであり、社員が個人としていかに幸せな人生を歩むかという視点で支援を行っているので、本人の意思で選んだ道であれば、応援するというのがサトーの基本的な考え方です。


年代にかかわらず、「個の人財」の強みをどう生かしていくか

---ベテラン社員のキャリアを支援するためのさまざまな取り組みについて、社内での反応はいかがですか?

竹中アキさん竹中さん:人事施策の常として「この施策がすごく良かった!」とわざわざ社員が言いに来てくれることは滅多にないのが残念なところですが(笑)、ベテラン社員にはおおむねポジティブに受け止められていると思います。「いっしんセミナー」についてはまだ回数をさほど重ねていないので、目に見える効果はまだ現れていませんが、セミナー後のアンケートでは「良い取り組みだと思うので、継続してほしい」という声が数多く寄せられています。当社ではベテラン社員が研修を受ける機会はほとんどなかったので、研修という場に参加することそのものが刺激にもなっているようです。

赤楚さん:役職定年の見直しによって、以前の制度なら56歳で管理職を退いていたところを、57歳で部長に昇進した社員もいます。もちろんそれぞれの意欲や能力、会社の期待と個人の希望のマッチングにもよりますが、こうしたケースが生まれることは、ベテラン社員の士気に少なからず良い影響を与えているように思います。

---ベテラン社員が活躍しやすい環境作りに向けて、今後の課題があれば、お聞かせください。

赤楚さん:当社の長所でも短所でもあると思うのですが、「やりながら、考える」という姿勢で施策を進めてきたので、課題はまだまだあります。ベテラン社員のキャリア支援が先行し、後継者育成のためのサクセッション・プランが追いついていないのもそのひとつ。社員が年齢を問わず活躍し続けてくれるのはいいことですが、後進の育成が追いついていないために道を譲れないとなると、ベテラン社員が真に活躍しているとは言い難いですよね。

竹中さん:20代社員のキャリアセミナー後の面談などで若手社員と話をすると、役職定年の見直しについてはネガティブに捉える声もありました。ポストには限りがある中、「僕たちにチャンスが巡ってこなくなるのでは」と感じたようです。

赤楚さん:サクセッション・プランを整備したり、コンピテンシーの定義を行い、若手にキャリアの可能性を示すことによって、ベテラン社員の活躍に対する若手の捉え方も変わってくるのではと考えています。社員にいつまでも活躍してもらいたいからとベテラン社員に対する支援のみを充実させれば、若手に不満が生まれ、世代間のあつれきも起きやすくなります。「個の人財」の強みをどう生かしていくのかというテーマを軸に、年代ごとに必要な支援を充実させていくことが、「やる気がある社員がいつまでも活躍できる環境」の実現につながるのではと思っています。


取材にご協力いただいた方

サトーホールディングス株式会社
人財開発部 人事企画グループ 
グループ長 赤楚宏幸さん
課長・キャリアコンサルタント 竹中アキさん

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