身体年齢が若くなるシニア キャリア創造の鍵は"語ること(ナラティブ)"

弊社の外部識者である笠井恵美氏は、心理学を活かしながら社会問題を探求し、さらにミドル・シニア層の働き方に造詣が深い研究者です。
現場とは少し違う視点からのアプローチですので、是非ご一読ください。

2015.05.08
コラム

こんにちは、笠井です。 はじめに、突然ですが、ご自宅の体重計で、からだの年齢を測定してみたことはありますか?体重計のメーカーによって指標は異なるようですが、総じて、基礎代謝などをもとに総合的にからだの年齢を測る仕組みとなっています。
からだの年齢が実年齢よりも数歳、ときには、10歳近く若い方もいらっしゃるのではないでしょうか。

若くなっているシニア

実は、高齢者においても、統計的に、身体年齢が若返っているという結果が出ています。鈴木隆雄氏によると、65歳以上の高齢者の通常の歩行速度を、1992年と2002年とで比較したところ、男女とも10年で11歳若返っている結果となりました(鈴木隆雄著『超高齢社会の基礎知識』 講談社現代新書、2012年)。
身体年齢だけでなく、意識についても、若い結果がでています。55~74歳の男性だけを対象とした調査なのですが、「実際の年齢は別にして、感覚的に、ご自分は何歳ぐらいだと思いますか」という質問に、実年齢より「6~10歳若い 36.3%」「1~5歳若い 33.9%」「11~15歳若い 12.3%」、実年齢と「同じ 7.0%」という結果となりました(リクルート・ワークス研究所「シニアの就業意識調査」2006年)。

身体的にも意識の上でも、実年齢より若いシニア。雇用の世界はどうでしょうか。
現在は、65歳までの継続雇用という実年齢を基軸にしつつ、年を重ねた時の働き方をどうしていくか、企業も、個人も、模索中という状態が続いているように見受けられます。
そんななか、シニアのキャリア創造の鍵の一つとして、「語ること(ナラティブ)」をご紹介したいと思います。

語ること(ナラティブ)

米国の心理学者コクランは、未来のキャリアをデザインするにあたっては、アセスメントだけではできない、物語を作ることが必要だと述べています(Larry Cochran "Career Counseling: A Narrative Approach"1997, Sage Publications)。「語ること」については、ナラティブという分野で、さまざまに研究・実践が進んでいます。

未来のキャリアをイメージしていくときには、個人の興味や価値、能力と、仕事の特徴をアセスメントしマッチングをする客観的な視点だけでなく、自らの未来を想像して、物語を作っていく感覚で、その仕事や職業をみつめてみる主観的な視点が重要となります。
主観的な視点があれば、仮にその仕事が比較的定型的な仕事であっても、どのように意味づけていくかで、その仕事の価値は変わり、そこから得られる知識は変わり、得られる知識が変われば、組織のなかの知的資本、人的資本の状態も変化します。

「あなたの人生を1冊の本としてみると...」

年齢を重ねていくときに、どのような仕事、働き方をしたいか、してもらいたいか。急にそう問われても、答えにくい、あるいは、ぴったりした仕事を用意しにくいということもあるでしょう。そういうときに、今までについて主観的に語っていくことがヒントになります。 たとえば、「あなたの人生(あるいは仕事人生)を1冊の本としてみるときに、これまでの人生は何章に分かれるでしょう。それぞれの章はどんな物語でしたか。そして今は、どんな章にいますか?」。
この問いは、履歴書のような客観的な職歴の説明ではなく、自分にとって意味あるものを語ることを求めます。語りのなかで、感情が色づけされ、うかびあがってきた歩みや自己の物語は、それが喜びであれ、未解決の葛藤であれ、今日のページをつくるヒント、明日の扉をあける勇気を引き出し、本の終わりの章をぼんやり意識する可能性につながります。
あるいは、「○年後の今日、どんな場所にいて、何をしているでしょう」と問いかけ、急に飛んだ未来のイメージを自由に無理のない範囲で語ってもらうことで、キャリアの方向性の気づきを得ることもできます。
いずれも、マッチングではなく、創造であり、客観ではなく主観からのアプローチです。企業のなかで、客観を重視し実績を積み重ねてきたシニアだからこそ、主観を語る機会が少なかったかもしれないシニアだからこそ、語ることの意味は大きいと考えられます。

語りの前提には、それぞれの人のからだの感覚や、若い気持ちなどの感覚、そして思いがあります。そこから、仕事において大切にしていきたいこと、そのために何をしていくかの動機が引き出されれば、その人にとってのキャリアの創造、どのようなことをしていきたいか、が見えてくるのではないでしょうか。

記事を書いた人

外部識者/笠井恵美
1988年株式会社リクルート入社後、編集・企画、同社ワークス研究所にて調査・研究を経て、2012年退社。
現在は、いくつかの組織の研究、臨床の仕事に携わる。修士(臨床心理学)。
主な著書に、『サービス・プロフェッショナル』プレジデント社 2009年。

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