社員と会社との新たな関係性構築を目指して(心理的契約の観点から)

法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授と当社とで進めている『ミドル・シニアの働きがい創造プロジェクト』の活動の一環として、今回のコラムは同研究科石山研究室の水元孝枝様に寄稿頂きました。

2016.07.01
コラム

1.65歳までの雇用確保に向けた企業の取組

改正高年齢者雇用安定法の施行にともない、各企業は積極的に高年齢者雇用の促進に取り組んでいる。希望者全員の65歳までの雇用確保による人件費の増大を防ぐために、雇用・賃金制度の設計を見直すケースも増えている。40~50代の現役世代を中心に賃金カーブを修正して、65歳までの継続雇用のための原資を確保するなどの方法をとる企業もあり、ミドル・シニア社員のみならず若手層も含めて、キャリア展望やモチベーションに影響が及んでいる。
賃金制度の見直し以外にも、高齢社員が従事しやすい社内業務の整備、後進の育成・技能伝承の機会の創出、グループ企業への出向・転籍など、諸々の施策により企業競争力の維持向上、モチベーション向上の必要性はますます大きくなっている。

2.処遇の変化がモチベーションに及ぼす影響

ここに来てミドル・シニア社員のモチベーションというテーマが企業の重要課題のひとつになっている。主に日本型経営の企業では、年齢による処遇の変化(役職定年、評価や給与制度の変更、出向や転籍等)が概ね50歳以降に発生し始め、そこには様々な心境の変化が訪れている。複数の会社で50歳以上の社員にインタビューしたところ

『もうそろそろ出向というか、転籍が近づいているけど、今よりも待遇が良くなるということは絶対無い。反りが合わなくて帰ってくるパターンも結構あって、そういう不安はある』
『57くらいで役職定年って言われるんだけど、この歳で全然違うところ行ったら行ったで、受け入れ側から「なんでこの人来たんだろ」って思われてしまうかもしらんし。何かをやりたいってわけでもないし、もう上もないし、57まであと3年くらいだから。』
『よく考えたらすごい便利屋だったなあって思う。「こいつにやらせておけばなんかうまくいくだろう」みたいな、悪く言えば飼い殺しみたいのを、もうあと60まで7年だけど、ふっと冷静に思うと、あほくさって思う。』

これらの結果から、なかなか「さあ、頑張ろう」とはならない、揺れる想いが感じられる。
そしてさらに、65歳までの雇用確保に向けた雇用・賃金制度の見直しが加わるとなると、受け止め方はさらに複雑になる。これまで期待していたメリットが受けられなくなったり、もしくは期待していなかった状況に陥ってしまったり、という望ましくない処遇の変化が増える可能性は高く、モチベーションに対する影響は少なくない。

3.社員と会社の心理的契約

上記のように、自分にとって望ましくない処遇の変化に直面したときのネガティブな心理状態を、「心理的契約」という観点から考えてみたい。まず「心理的契約」について簡単に紹介すると、心理学の研究者Levinsonら(1962)は社員と組織とが様々な相互期待を形成させていることを発見し、そのような相互期待を「心理的契約」と呼んだ。そして、「心理的契約に含まれる期待の多くは、文章化されないばかりでなく、当時者でさえも滅多に知覚することがない」「時間の経過に合わせて変更・調整させる必要がある」としている。
また、横浜大学大学院、服部泰宏准教授の指摘にあるように、「心理的契約は日本型経営企業の雇用制度、特に終身雇用制度を支える役割を果たしてきた」と言われている。会社は社員に対して、定年まで必ず雇用するという明確な契約は結んでいない。しかし社員としては、よほどの事情が無い限り首を切られることはないと思っているし、組合は守ってくれると思っているし、年功制によりある程度の職位までは上がれるだろうと、なんとなく思っている。だからこそ、引き換えとして異動や転勤、単身赴任さえも、行けと言われれば辞令ひとつで従ってきた。
しかし、日本企業はグローバル競争に晒され、かつてのような高度経済成長は見込めなくなっている。年功型賃金や終身雇用の仕組みが見直されつつあり、期待していたメリットが受け取れなくなる、すなわち心理的契約が破られるケースが増えているのである。

4.会社への期待が裏切られた場合に起こる3つの反応

社員の期待に会社が応えなかった場合、言い換えれば組織側の心理的契約の不履行が起こった場合、Schalk and Roe(2007)によると、社員がとるオプションには3つあるとしている。

「①書き換え(=社員自ら期待水準を妥当なレベルに上げる、または下げる)」
「②バランスの調整(=組織側の履行水準に合わせて社員が自分の履行水準を上げる、または下げる)」
「③退出(=関係を解消して会社を辞める)」

のいずれかの反応である。
その中で、組織や社員にとって最も健全な調整オプションは「①書き換え」であろう。この場合、社員は世の中の変化や、自分自身の立ち位置などを客観的、総合的に判断し、高すぎた期待を、現実に合った妥当なレベルの期待に修正することで、会社への期待と、履行度とのギャップを解消し、モチベーションを維持するのである。
また「③退出」も場合によっては双方にとってメリットがあるオプションと言える。社員は、これまでの会社から離れて自分のスキルや能力を発揮できる別の場所に移ることで、より自己実現や社会貢献ができるようになる。会社側としても、社内に活躍の場を用意することができないのであれば、外の世界で能力を発揮することを応援し、発展的解消をしたほうが良いだろうし、もしどうしても手放したくない逸材であれば、双方が納得できる条件で新たに契約を結び直すことも可能だ。
最も避けたいのが「②バランスの調整」である。これは双方にとって不幸で、特に会社側の損失は大きい。「裏切られた感」を持つ社員は、自分のパフォーマンスを下げることで心理的にバランスを取り、そのまま65歳まで会社に残るということになりかねないからである。特殊な専門能力を持ったスペシャリストや、外資系企業などのジョブ型社員でもない限り、ミドル・シニアの年齢まで勤めて「③退出」を選ぶのは得策ではないと考える可能性は高い。そうだとすれば、「②バランスの調整」に流れることを極力防ぐ施策が日本型経営企業にとって、特に重要ではないだろうか。

5.「社員が会社に期待すること」を知ることの意義

一般的に、社員は会社に対して「高い評価」「高い報酬」「昇級・昇格」を期待していると考える。ところがインタビューの中では「昇級・昇格」がモチベーションダウンを引き起こした例にも出会った。

『昇格は嬉しいというより一瞬ホッとした、他の人よりもかなり遅れていたから。「おまえは今後何で貢献するつもりか」を問い詰められて、でも自分には特に武器も無いし、こんなに時間がかかったっていうことは、この会社には必要とされていない人間じゃないかと思って、モチベーションが下がった。』
『海外赴任は栄転だけど、俺に何も言わずに上司が勝手に推薦して「俺が言っておいてやったぞ」と言われた。会社は俺の人生をなんだと思っているのか。』

上記インタビュー内容から読み取れるのは、「昇級・昇格」の事実以外に、会社や上司が本人にどう伝えたのか、本人がそれをどう受け止めたのか、も重要な要素ということである。
また、「高い評価」「高い報酬」以外で大切にしたいことを語る人は多い。

『モチベーションが下がったのは給料とかじゃなくて、存在意義だと思う。研究するのに工場側からお金もらってきて、「今までリーダーはこの人だったけど、シニアだから別の新人をテーマリーダーにつけます。」って話になると、モチベーション下がっちゃう。でもしょうがないんですけど。』
『若い人でも歳いった人でも同じで関係無いと思うけど、人をリスペクトしてっていうのが大切かな。「君が頑張ってくれたから今があるよね。だからこの次はこれをやってもらえませんか?」っていうような。「今会社では人が足りないから、あなたやってくれませんか」みたいなこと言われたらもうだめですね。』

心理的契約の観点から考えても、まず「社員が会社に期待すること」を理解することは重要であろう。望ましくない変化に遭遇した場合に、「バランスの調整で自らのパフォーマンスを下げる」のではなく、「書き換え」や「退室」など健全なオプションを選択することができるように、会社として打ち手を考えるためにも、「会社への期待」は重要な情報だからだ。「会社への期待」に関して、

・年齢などの属性に関わらず社員全員に共通すること
・状況(組織的状況、個人的状況)によって変わること
・タイミング(年齢)や時代背景(年次)によって変わること

などの傾向性が発見できれば、会社の施策の内容、実施のタイミング、対象者など具体的な打ち手や優先順位も考えやすい。
また、期待のレベルそのものが高すぎて世の中の現状に合っていない場合、なぜそのような過剰な期待を持つに至ったのかを考えることも意味がある。「会社への期待」を作っている原因が会社の制度、教育、組織風土にある可能性があるからだ。実はもっと遡って学校教育や家庭教育にも関連はあるかもしれない。いずれにしても傾向をつかむことで打ち手が見つかる可能性は高い。

6.社員と会社との新たな関係性構築に向けて

心理的契約は、「時間の経過に合わせて変更・調整させる必要がある」ということは既に延べさせて頂いた。実際にミドル・シニアの年齢にさしかかると、仕事上でも私生活上でも環境が変わり、それにともなって見える景色も、会社への意識も変わってくるようである。

『もうあと数年でシニアっていう領域に入っちゃうから、待遇も変わっちゃうけど、今思うのは残りの時間で「自分がこの会社に来て、この会社を選んで良かった、っていうのを何か残したい」っていうのが今の気持ちかな。』
『若いときはあんまり会社会社って、そんなに意識しなかったよね。でも会社としてまだ1拠点しかないので、2番目のブランチを作りたいし、僕もそれに立ち会っていたいね。それは上が考えることだけど、どこまで行けるかは見届けたい。』

会社や仕事への思いが大きく変化するミドル・シニア世代は、社員と会社との望ましい関係性を考え直し、キャリアの方向性を構築する重要な、そして絶好のタイミングと言えるのではないだろうか。

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