プロティアン・キャリアとは?形成に必要な要素やメリットを解説
働き方の多様化が進む現代において、一人ひとりのキャリア形成のあり方も多様化しつつあります。従来は、1つの組織の中で定年まで勤め上げる終身雇用によってキャリアを積むのが一般的でしたが、近年、とりわけ若者の間においてそのような価値観は薄れつつあり、組織よりも個人に軸足を置いて自身のキャリアを形成する方が増えてきています。この流れを体現する理論として注目を集めているのが、プロティアン・キャリアです。
今回は、プロティアン・キャリアの概要や形成のために必要な要素、プロティアン・キャリアの考え方を理解してキャリア形成をするメリットなどを解説します。
1.プロティアン・キャリアとは、自らの軸を持ち、環境を捉えて柔軟にキャリア形成すること
プロティアン・キャリアとは、1976年にアメリカのボストン大学経営大学院教授で心理学者のダグラス・ホールによって提唱された、環境の変化に応じて自分自身を変化させながらキャリア形成をするキャリア理論です。プロティアンという言葉は、ギリシア神話に登場する変幻自在の海神プロテウスを語源としています。
従来、キャリア形成といえば、一般的には就職した会社内での昇進や昇給のことを指し、同じ組織の中でステップアップを目指すことを主軸に考えられていました。プロティアン・キャリアは、このような従来型のキャリア形成とは異なる新しい考え方として生まれた理論です。
2.プロティアン・キャリアと従来型のキャリア形成との比較
プロティアン・キャリアは、伝統的なキャリア形成の考え方とは異なる考え方かもしれません。ここでは両者の比較を交えながら、詳しく見ていきます。
1)プロティアン・キャリアの主体は「個人」
キャリアの主体をどこに置いているのかという点は、プロティアン・キャリアの考え方と従来型のキャリア構築の考え方とでは異なります。
プロティアン・キャリアの場合、キャリアは組織ではなく個人が管理すべきものだとしています。一方で、従来型のキャリア形成において、その主体は会社側や組織側にありました。特に日本では、社員の配置や業務を決定する権利を会社側が握る中で、キャリアを積むことが、必然的に組織内のステップアップとなっていた状況がありました。
しかしながら、終身雇用や年功序列などの日本型雇用システムにほころびが生じ始めた今、キャリアの選択権が企業から従業員個人へシフトしつつあります。環境の変化が激しい現代社会では、かつては生涯安定と言われていた業種においても、大量のリストラや業態の変更、突然の倒産などによって会社の継続が難しくなる可能性が十分にあるため、数年後の展望さえも描きづらい状況といえるかもしれません。
そのような中で、従業員一人ひとりがひとつのキャリアビジョンにこだわり続けることは非現実的であり、場合によってはリスクになることもあります。そんな中で、自分のキャリアを組織に預けるのではなく、主体は一人ひとりの個人にあると考えるプロティアン・キャリアに強い関心の目が向けられているのです。
2)仕事への満足を伴う「心理的成功」を重視
成果を測る指標の側面からも、プロティアン・キャリアは伝統的なキャリアと大きな違いがあります。
プロティアン・キャリアにおいて成果の指標は、プロティアン・キャリア提唱者のダグラス・ホール教授によると、「自らのやりがいや目的を達成したことで得る心理的な成功」になるそうです。一方、従来型のキャリア形成における成果の指標は、「地位や給与」などの客観的で定量的な評価であることが多いものです。
つまり、成功の尺度が評価や報酬といった対外的な要素だったこれまでのキャリア観に対し、プロティアン・キャリアにおいては内的な満足感が評価の指標になります。プロティアン・キャリアとは、すなわちキャリア形成を主体的・自律的に築いていくことなのです。
現実問題として、会社内のポジションは当然、数に限りがあります。昨今では、少子化やキャリア観の多様化による離職・転職、定年年齢の引き上げなどを背景として、社内構成比における中高年男性社員の割合が増加しています。そうした状況から、年次を重ねるにつれ、昇格に限界を感じる方も多くなります。キャリアの展望を描くことに行き詰まり、不活性化に陥る中高年層を生み出しているケースも少なくありません。そのような中高年層にとっても、プロティアン・キャリア理論を理解して活用することは、新たなキャリア観を持っての再出発につなげる対策のひとつとなります。
3.プロティアン・キャリアの形成のために必要な要素
プロティアン・キャリアを形成するためには、具体的にはどのようなことが必要なのでしょうか。
ここでは、プロティアン・キャリアの形成に必要な3つの要素について解説します。
1)自分の軸となるアイデンティティの確立
プロティアン・キャリアを活用したキャリア形成においては、自分の軸となる要素を確立させることが大切です。
絶えず自己成長の促進が重要視されるのが、プロティアン・キャリアです。そのため、まずは自己の理解を行い、アイデンティティを確立させることが重要です。プロティアン・キャリアにおけるアイデンティティとは、自分は何者かを知る、自己への気付きを指します。
プロティアン・キャリアにおいては、自己の価値観や意思が軸になります。具体的には、「自分は何がしたいのか」「自分の目指しているところはどこなのか」といった自らの判断基準がキャリア形成の拠り所になるため、自己の認識を正しく、明確にしておく必要があります。
また、近年のテクノロジー技術の進化によって従来の仕事がAIにとって代わられたり、事業構造の激変で職種がなくなったりするケースも今後考えられるため、アイデンティティの確立とともに、自分のスキルを客観的に把握しておくことが重要です。
2)アダプタビリティ(適応能力)の獲得
プロティアン・キャリアの形成においては、アダプタビリティ(適応能力)の獲得も必要です。
働き手個人が自己の価値観や能力を基盤に社会や環境の変化を捉え、主体的にキャリアを築いていくのがプロティアン・キャリアの基本です。
従来型のキャリア形成においても、組織で生き残るための適応能力は必要でしたが、プロティアン・キャリアではさらに視点を広げ、社内だけでなく社外でも通用する適応スキルが必要となります。さらに言えば、労働市場における人材価値をも求められます。
つまり、プロティン・キャリアを形成することによって自分らしさ(アイデンティティ)が明確になったとしても、社会に適合できなければ、自身の仕事が成り立たない場合もあります。社会的なニーズとずれたところで懸命に働いても、ビジネスシーンで歓迎されないのは言うまでもありません。アダプタビリティを獲得するということは、市場を理解し、市場の中で成果を創出できるように変化に対応し続けることです。それは、組織内にとどまらない、柔軟なキャリア構築につながっていくでしょう。
3)心理的成功を実感すること
心理的成功の実感も、プロティアン・キャリアの形成に必要な要素のひとつです。
プロティアン・キャリアを活用する上で、個人が自らの才能や発想を最大限に活かし、充実感や満足感を実感することこそが、自分らしい豊かなキャリア形成を加速させます。これは、プロティアン・キャリアが向上心や気付きなどに目標の定義を置いているためです。
4.プロティアン・キャリアを形成するメリット
プロティアン・キャリアを活用し、実践する上で、メリットを把握しておくことは重要です。ここでは、プロティアン・キャリアによって得られるメリットについて、1つずつ解説していきます。
1)自分に合ったキャリアパスを見つけて行動しやすい
プロティアン・キャリアを形成することで、自分に合ったキャリアパスを見つけて行動しやすくなるというメリットがあります。
従来型のキャリア形成においては、就職した時点で自分のキャリアの方向性の見通しがつきやすい側面があったかもしれません。しかしながら、近年では企業側も従業員個人も、企業が従来のように従業員を定年まで抱えられる状況ではないことを認識し始めています。そのため、最近では大企業においても、従業員の副業や複業を認める動きが広がり始めています。自身のありたい姿に即したキャリアに軸足を置いた意思決定を実現できる環境が、少しずつ整ってきているといえるでしょう。同時に以前と比べると、プロティアン・キャリア理論を実践しやすい環境になっているともいえます。
このような状況の中でプロティアン・キャリアを実践することは、自分自身に合ったキャリアパスを改めて見つめ直すことを可能とします。新たな自身の可能性や、活躍の場の発見につながるのです。
2)仕事の充実感やモチベーションを高められる
仕事の充実感やモチベーションを高められる点も、プロティアン・キャリアのメリットです。
プロティアン・キャリア理論を活用してキャリアを形成することで、実現したいことや達成したいことに着実に近づいているといった自覚を得ることができます。プロティアン・キャリアが目指すのは、仕事を通じた自らの成長や幸福であるため、そうした充実感を得ることができるでしょう。心理的な成功をキャリアの目的として働くことで、仕事のおもしろさを感じながら働くことができるため、モチベーションの向上も期待できるでしょう。
3)会社にとって有用な人材になれる
結果的に、会社にとって有用な人材になれる点も、プロティアン・キャリアのメリットです。
実はプロティアン・キャリアは、伝統的なキャリア形成を完全に否定するものではありません。なぜなら個人それぞれの能力を高めることで、結果的に組織にも役立つ力が得られるようになるからです。
予測不可能な環境変化が起こる時代を迎え、各企業にとっての今後の課題は、いかに変化対応能力を従業員に持たせるかという点に変わってきています。自らの働き方を選び取っていく人材こそが、事業を変革する力を秘めているといえます。そのため、プロティアン・キャリアの推進は、各企業にとっても、従業員のモチベーションの向上や変化にも柔軟に対応できる未来志向型の人材育成ができるといったメリットがあります。
5.プロティアン・キャリアの実践が困難なケースもある?
プロティアン・キャリアは、自らの力で行動変容をしていく理論ですが、会社によっては実践が難しい場合もあります。特に同じ会社で長年働いてきた従業員の場合、組織文化に慣れきってしまい、個人でキャリア形成するという考え方には容易に腹落ちできない方もいるでしょう。また、これから必要になる経験や能力を自らの判断で取捨選択して身につけようという自覚が希薄な方も少なからず存在します。そのため、具体的な実践が難しい従業員もいることを認識しておく必要があります。
6.プロティアン・キャリアを実践し、一人ひとりに合ったキャリア形成を目指そう
プロティアン・キャリアは、環境の変化に応じて自分自身を柔軟に変化させながら行うキャリア形成を指します。プロティン・キャリアを形成することで、仕事の充実感やモチベーションの向上や、結果的に会社にとって有用な人材になれるなどのメリットがあります。一方で、従来型のキャリア形成の考え方に慣れた方などにとっては、実践が困難な場合があることも覚えておきましょう。
株式会社ライフワークスでは、従業員のキャリア開発支援を検討・実施する企業様に向けて、さまざまなソリューションをご提供しています。従業員一人ひとりのキャリア形成に役立つさまざまなキャリア支援のソリューションを提供していますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。
この記事の編集担当
黄瀬 真理
大学卒業後、システム開発に関わった後、人材業界で転職支援、企業向けキャリア開発支援などに幅広く関わる。複業、ワーケーションなど、時間や場所に捉われない働き方を自らも実践中。
国家資格キャリアコンサルタント/ プロティアン・キャリア協会広報アンバサダー / 人的資本経営リーダー認証者/ management3.0受講認定
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