社員のキャリア自律意識を育む仕組みとしての「ビジネスパートナー制」―カゴメ株式会社の取り組み

1899年の創業以来、トマトをはじめとした野菜や果実など自然の恵みを生かした商品づくりを続けているカゴメ株式会社。近年はグローバル展開を加速させており、日系精密機器メーカーや外資系保険会社で「グローバル人事制度」を構築した実績を持つ有沢正人さん(現常務執行役員 CHO)を2012年に招聘し、さまざまな人事改革を進めています。今回は同社のキャリア支援策について、2016年より実施されている「ビジネスパートナー制」のお話を中心にうかがいました。

2018.12.03
企業事例

「ビジネスパートナー制」が社員のキャリア支援策として機能している

カゴメさんでは海外展開の積極化に伴い、「グローバル人事制度」の構築のために、さまざまな業界で「人事プロフェッショナル」として活躍されてきた有沢さんを人事部長として2012年に迎えて改革を進めてこられたとうかがっています。

カゴメに入社して最初にやったことは、オーストラリア、アメリカ、ポルトガルといった海外拠点に行って現地のCEOと話すことです。それでわかったのは、カゴメ入社にあたって当時の社長の西秀訓から要望のあった「グローバル人事制度をイチからつくってほしい」という言葉の"イチから"の意味が文字通りだということ(笑)。特に問題だと感じたのは、各国拠点の人事評価制度が確立されておらず、グローバルで統一された評価軸が存在しない点でした。

社員がグローバルに活躍するには、世界中どこにいてどんな仕事をしようとも、公平な基準で評価され公平な処遇を受けることのできる仕組みづくりが不可欠です。そこで、海外拠点の人事評価制度を整えると同時に、国内においては「人事評価制度を変えるにはトップから」という考えのもと、2013年から2年間かけて段階的に取締役役員から課長クラスまでにジョブ・グレーディング(職務等級制度)を導入しました。

カゴメ株式会社 常務執行役員 CHO(最高人事責任者) 有沢 正人 さんこれらの改革の根底にあるのは、"Pay for Performance, Pay for Job, Pay for Differentiation(成果に払う、仕事に払う、差に払う)という考えです。明確な評価制度によって、頑張った分だけ報酬を得られる仕組みの構築はグローバルな競争においては欠かせないこと。一方で、一般的な日本企業同様、カゴメも「年功型」の評価制度を長年採用してきたため、キャリアに対する横並び意識が社員に見られました。しかし、事業環境の変化の中、個人のキャリアも会社主導ではなく一人ひとりが自律的に切り開いていくことが求められるようになっています。その支援策のひとつとして大きく機能しているのが、2016年から導入した「ビジネスパートナー制」です。

3人のビジネスパートナーで社員1200人に対する個人面談を実施

ビジネスパートナーとは一般に、経営者や事業部門のリーダーのパートナーとしてビジネスの成長を人と組織の側面からサポートする役割を指し、欧米のグローバル企業では人事部門の重要な機能とされていますね。

都市銀行、グローバルな精密機器メーカー、外資系保険会社と私がこれまで仕事をしてきた企業ではどこもビジネスパートナーを置いていました。その具体的な役割や権限の範囲は企業によって異なりましたが、ビジネスパートナー制の根底にあるのは「人事は会社が決定した人材活用方針のオペレーション担当ではなく、事業の成長を支えるパートナーである」という考えです。

私が入社した当時のカゴメでは事業部間の異動がほとんどなく、社員のキャリア構築も事業部の中でエキスパイズを磨いていくというスタイルだったこともあり、人事部の機能はオペレーションが中心でした。しかし、カゴメが成長するには、会社全体の事業についてよく知り、ゼネラリストとして経営を担える人材の育成も大切だと考え、事業部間の異動を活発化するよう方針を変えました。それに伴って経営者と各事業部の「ブリッジ」役として人事戦略の策定をサポートする役割が必要となり、ビジネスパートナー制を取り入れることにしたんです。

カゴメさんのビジネスパートナー制の体制について教えていただけますか?

ビジネスパートナーが組織に対する影響力を発揮するには、事業に対する深い理解があり、現場の状況を常に把握した上で人事戦略の提案を行っていく必要があります。そこで、営業、生産、スタッフの3つの部門でそれぞれ現役支店長、現役工場長、部長を人事部に抜擢し、キャリアコンサルタントの国家資格を取得してもらって配置しました。選定の基準は各部門での経験や実績に加え、人望と人間味。いずれも現場で大きな信頼を得ている人物です。当時の社長に「この3人を人事部にいただきたい」と言ったところ、最初は「お前、何を考えているんだ」と一蹴されましたが、「各事業部の精鋭だからこそ、意味がある」と説得しました。

この3人がビジネスパートナー制導入後の1年間で実施したのが、社員約1650人中1200人に対する個人面談です。現場の人事課題の発掘とともに、社員一人ひとりの能力や状況を知り、それぞれのキャリアについて一緒に考えることが目的でした。

「キャリアは自分の意思で決められる」という意識がキャリア自律を促す

1年間で約1200人の個人面談を実施するとは、簡単にできることではないですね。

それが、ビジネスパートナーの3人のパッションが半端ないんですよ(笑)。もともと現場をよく知っていて、その時々の人事課題を正確に捉えられるので、課題解決能力も高いんですね。社員にとっては「現場をわかってくれている」という安心感から相談がしやすく、ビジネスパートナーはそれぞれの社員の仕事だけでなく、育児や介護といったライフに関わる情報までよく把握しています。

カゴメ株式会社 常務執行役員 CHO(最高人事責任者) 有沢 正人 さんそうやって現場で集めた情報をもとに「○○さんは親御さんの介護中だから、ここ数年は異動させない方がいい」とか「○○さんは営業推進部を希望しているけれど、その前に地方の市場を知ってもらってから異動させた方がいい」などきめ細かな提案をしてくれるんですね。それを2017年10月、2018年4月、10月の異動に反映しました。つまり、社員がビジネスパートナーとの個人面談で希望やら個別の事情といったものを話した結果が、もちろん全てではありませんが、形になるということを如実に見せたわけです。すると何が起きるかというと、社員に「自分のキャリアは自分の意思で決められる」という意識が生まれるんです。

社員が自律的にキャリアを形成していくには、この意識こそが大事だと思っています。カゴメの社員は非常に誠実で素直で、与えられたミッションを忍耐強くやり切る反面、長い歴史のある企業だけに変化対応力に欠けるところがあります。同様にキャリアについても受け身の傾向が見られましたが、自分が何らかのアクションをすることでキャリアが変わるとなれば、「次の面談ではこういう希望を伝えよう」「そのためには、こういう実績を出してアピールしよう」と自ら考える人たちが増えていくはずです。

役職定年を迎える社員のキャリア支援においてもビジネスパートナーが活躍

カゴメさんでは2018年10月から役職定年制を導入されたとうかがっています。役職定年を迎える社員のキャリア支援についてはどのようにお考えになっていますか?

世界中どこにいても、性別や年齢に関係なく、頑張った人が頑張った分だけ評価される環境づくりに取り組んでおきながら、役職定年というのは見方によっては年齢による「差別」であり、個人的には積極的に導入したい制度ではありません。しかし、カゴメの場合は導入しなければ若手の育成がままならない状況にあり、部長職以上は57歳、課長職は55歳を「役職定年」と定めました。

ただし、役職定年を実施するからには対象者のキャリア支援はきめ細かに実施するべきだと考えました。ビジネスパートナー制の導入を決めたのは、そのためでもあります。だから、ビジネスパートナーを抜擢する際もベテラン社員を対象としました。外資系企業では30代、40代がビジネスパートナーの役割を担うことも多いのですが、「年功制」の影響が残る日本企業で若手がベテラン社員のパートナーとしてキャリアを一緒に考えるというのは現状では少し難しいところがありますから。

当社の役職定年制度はスタートしたばかりですが、対象の社員とはビジネスパートナーがこの1年で6〜7回の面談を行った上で役職定年後の所属先を決定し、本人の了承を得た上で配属を行いました。役職定年後もモチベーションを保って活躍していただくには、自身のキャリアに対する納得感が非常に重要だと考えているからです。

ビジネスパートナーを"専門職"にしてはいけない

ビジネスパートナー制の今後の展開についてはどのようにお考えになっていますか?

カゴメ株式会社 常務執行役員 CHO(最高人事責任者) 有沢 正人 さんこれまでに現場の課題の発掘と検証はひと通り終わったので、次の段階ではCDP(キャリア・ディベロップメント・プログラム)を導入し、個々の社員のキャリア形成を中長期視点で支援する仕組みを整えたいと思っています。20代半ばから40歳くらいまでの社員について、この部署でこういう経験と能力を身につければ、次はこんなポジションで活躍できるというのを一人ひとりに示せるようにしたいんです。

CDPは個人の成長によって見直しも必要ですから、事業現場との密なコミュニケーションが欠かせず、カゴメにおいてビジネスパートナーの役割はますます重要になっていくと思います。ただ、「ビジネスパートナーを"専門職"にしてはいけない」というのが私の考え。数年で別の部署にローテーションし、次の候補者も事前に決めています。

ビジネスパートナーは人事のプロフェッショナルであり、一般に「専門職」のイメージがあります。

ビジネスパートナーだけでなく、人事部長も長期間同じ人にやってもらいたくはないんです(笑)。というのも、人事というのは経営戦略そのものであり、人事の仕事をするというのは経営を間近に見る絶好の機会だから。有望な人材にキャリアパスの一環として人事の経験をさせることは、次世代のカゴメを担うリーダーの育成にもつながると考えています。

ビジネスパートナー制がカゴメさんのキャリア支援においてさまざまな意義を持つことがよくわかりました。しかし、ビジネスパートナー制は日本企業ではまだ珍しい取り組みです。新たな人事施策を取り入れる際には社内で拒否反応がある場合も少なくないと思いますが、実現のために大切なことは何でしょうか。

トップをどれだけロジカルに説得でき、納得させるか。そしてその施策が経営戦略上重要だということをいかにトップから発信させるかだと思います。そのためには人事責任者としてトップを巻き込む覚悟と使命感を持っていなければいけません。私の場合、これはという施策を進めるには経営者からどんなに叱られようが何度でも説得に行きますよ。

だって、人事というのは人の一生を左右する仕事ですからね。それはもう慎重に、使命感を持ってやらないと成り立ちません。その点、カゴメの人事のみんなは真面目で、ビジネスパートナーたちも熱い思いを持って社員のキャリア支援に取り組んでくれているので心強いですね。

お話を伺った方:
カゴメ株式会社
常務執行役員 CHO(最高人事責任者)
有沢 正人 さん

1984年協和銀行(現りそな銀行)入社。米国でMBA取得後、主に人事、経営企画に携わる。2004、日系精密機器メーカーHOYA、2009年外資系保険会社・AIU保険入社。両社でグローバル人事制度の改革を成功させる。2012年、カゴメに特別顧問として入社。カゴメの人事面におけるグローバル化の統括責任者となり、全世界共通の人事制度の構築を行っている。2017年10月執行役員CHO、2018年4月より現職。

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