ミドル・シニア期のキャリアの課題~知識労働者の事例~

2017年8月30日の特別講演に登壇頂く京都産業大学の三輪卓己教授に、コラムを寄稿頂きました。ミドル・シニア人材、とりわけ知識労働者のキャリアの課題について、皆さんと考えてみたいと思います。

2017.06.01
専門家コラム

1.知識労働者にとってのキャリアのミドル期、シニア期

本稿では知識労働者を対象に、キャリア中期(ミドル期)、キャリア後期(シニア期)における課題について議論していきたい。古くから、多くの人がミドル期において、重大な転機に直面しやすいことが様々な分野で議論されてきた。精神分析学や生涯発達心理学においては、ミドル期は様々な葛藤を乗り越え、環境の変化にも適応しながら、アイデンティティの再構築を行っていく時期だとされている。ミドル期とはキャリアの分岐点であり、それまでのキャリアの見直しを迫られる大事な時期だといえる。
また近年では、それに続くシニア期に関する議論も活発になってきている。高齢化社会の進展に伴い、人々が働く期間、あるいは雇用される期間が長くなってきている。長い職業生活において、人々がシニア期に意欲や有能感を保ち、幸せに働くことができるかが大きな問題になってきている。企業などの組織からみても、シニア期の社員をいかに活性化し、戦力にできるかは重要な経営課題である。ミドル期、シニア期のキャリア発達は、働く一人一人にとってはもちろん、社会全体にとっても重大な問題なのである。
さて本稿は、こうした問題を論じるうえで知識労働者を議論の対象にしている。その理由を簡単にいえば、知識労働者は今後ますます増加し、重要性が増すと考えられるのに加え、彼(彼女)らのミドル期、シニア期のキャリアの課題は、より複雑なものになりやすいと考えられるからである。
知識労働者とは、創造的な仕事や問題解決を行う仕事に従事する人であり、何らかの専門知識、あるいは高度な思考力を活用して働く人たちである。代表的なものとしては、①新製品開発を行う研究開発技術者、②IT技術者や各種のコンサルタント等の新興専門職、③新規事業開発や様々な企画を行うマネジャーやホワイトカラー、④普段は定型的な作業やサービスを行いながらも、オペレーションやシステムの保守保全、改善にも従事する作業労働者、があげられる。①と②が専門職型の知識労働者、③と④は従来の組織人が進化した組織人型の知識労働者といえるだろう。
現代は知識社会といわれており、これらの人々が活躍できるか否かが、企業や社会の発展を左右する。すでに先進諸国では画一的な製品やサービスは市場で競争力を持たなくなっており、企業や社会が発展するためには、何らかの付加価値を持った創造的な財やサービスの産出が必要不可欠なものになっている。知識労働者はそれを担う人たちであり、彼(彼女)らのキャリアが豊かに発達するかどうかは、社会的に重要な問題なのである。
そして知識労働者の場合、ミドル期、シニア期のキャリアの課題はより複雑なものとなる。彼(彼女)らの仕事は、高度な思考やコミュニケーションを伴うものである。それゆえ、それを行うための能力の維持には多大な努力が必要とされ、学習意欲を高く持ち続ける必要がある。それだけでなく、技術の進歩や環境変化に適応にするために、自らの専門知識を更新し続けることや、場合によっては新たな領域の知識を学ぶことが必要にもなる。知識労働者がミドル期やシニア期に乗り越えるべき壁は高く、誰もがそれを達成できるわけではないのである。
しかしもちろん、ミドル期以降においても活躍を続け、充実したキャリアをおくる知識労働者もいる。中にはミドル期以降にキャリアチェンジに成功し、まったく新しいキャリアを歩み始める人もいる。キャリアの課題にどう対処するかによって、知識労働者のその後のキャリアは大きく変わるのである。本稿では、知識労働者がミドル期以降にどのような課題に直面するのか、そしてそこからさらに活躍を続ける人はどのような特徴を持っているのか、
筆者が行ったインタビュー調査などに基づいて議論してみたい。

2.専門職型知識労働者の課題

まず、専門職型の知識労働者が直面しやすいミドル期、シニア期の課題をあげる。最もよくみられるのが、専門知識の陳腐化、あるいは専門性の喪失などに関することである。研究開発技術者が技術の進歩についていけなくなることや、技術開発の仕事から異動になるようなケースである。その際の喪失感は非常に大きなものだと思われる。
こうした専門知識の陳腐化を防ぐには、若い頃から自律的に学習するしか方法がない。組織から与えられた仕事から学ぶだけでなく、自分で将来性のあるテーマを見つけ、社内外に学ぶ機会と場所を作り出すことが、専門職としての有能さを維持するための唯一の方法だといえるだろう。一方、実際に違う仕事に異動になった場合を想定すると、新しい仕事を受け入れてそれに努力できるかどうかが重要になる。その仕事の意義を理解し、自らを変革して、真剣に取り組もうとする姿勢が求められるであろう。
次に、IT技術者やコンサルタント等の新興専門職の場合は、そもそも専門性の基盤が弱く、それがミドル期以降に表出化することが、大きな課題になりえる。新興専門職は研究開発技術者に比べて、その専門性が確立されたものではなく、理論的でないことが多い。大抵の研究開発技術者は学生時代から専門知識を学んで就職するが、新興専門職の場合は、学生時代には専門知識をまったく学んでおらず、組織に入ってから経験の中で知識を習得することが多い。しかも、彼(彼女)らの仕事は専門性を追求するというより、関連領域の知識と組み合わせて応用する傾向が強いので、ともすれば専門知識を体系的に、深く学ぶことが疎かにされがちである。さらに彼(彼女)らは短いサイクルでいくつものプロジェクトを遂行するような働き方になりやすいので、先輩から教えられた知識を安易に模倣して使い、形式を取り繕うような仕事に慣れてしまう人もいる。その結果、ミドル期、シニア期において、質の高い仕事ができず、市場価値の低い知識労働者になってしまうのである。この課題に対処するためには、基礎からの学び直しが必要になるのであるが、それを受け入れ、真摯に取り組めるかどうかが、その後のキャリアを分けることになる。
一方、優秀な人が直面しやすい課題もある。自律性が強いがゆえに、組織との間に葛藤を覚え、組織コミットメントが低下してしまうのである。優秀な知識労働者は自律的に学び、自分が活躍できる領域を開拓していく傾向が強い。特に若い頃から新規事業や新会社をつくってきた新興専門職等は、自分のキャリアの目標や、自分が重視する仕事の価値観を強く持っている。もし彼(彼女)らの目指すことと、組織が目指すことの間にズレが生じた場合、そこに大きな葛藤が生まれ、組織コミットメントが低下することになる。この課題に対処するためには、個人と組織が歩み寄るか、個人が転職や独立などのキャリアチェンジを行うしかない。いずれにせよ、多大な労力が必要になる。

3.組織人型知識労働者の課題

さて今度は、組織人型の知識労働者が直面しやすい課題をあげたい。まずあげられるのが、組織外でのエンプロイヤビリティが弱くなることである。日本のホワイトカラーは所属する組織に蓄積された独自の知識やスキル(企業特殊知識、スキル)を体得して成長していく傾向が強い。それにより、自社以外で通用するような知識やスキルは持っていないことが多くなるのだが、それは長期雇用が必ずしも保障されない現代においては、大きな問題となりえる。この課題に対処するためには、個人が組織外に視野と活動領域を広げ、そこで異質な知識や考え方を学ぶことが必要になる。例えばMBAに挑戦することや何らかの社会活動への参加がそうした機会になることが多いようだが、近年では副業を持つことによって学習機会が増加し、組織内外のエンプロイヤビリティが強くなるという議論も始まっている。
次にあげられるのが、真面目で組織に従順であるがゆえに、自律性が弱くなってしまうことである。日本のホワイトカラーは組織人的な性格が強く、創造的な仕事をする人であっても、組織の慣行や文化を重視して働きがちである。また日本企業では独創的なことを考えたり、大きな戦略をつくることよりも、地道に小さな改善を継続することが重視されてきた。そのため、本来は戦略的であり、創造的であるべき企画型ホワイトカラーの人たちも、真面目で堅実ではあるが、自分の意志や強みを持たない「勤勉な大衆」になってしまう可能性が高いのである。もちろんそれは、知識労働者にとって望ましいことではない。そしてこの課題に対処するのは簡単なことではなく、自己否定を伴う働き方の根本的な見直しが必要になる。それは個人にとって過酷なことともいえるが、自分で考える力の弱い知識労働者が長く活躍し続けることは不可能である。この課題が乗り越えられなければ、ミドル期以降のキャリアの発達は望めないものと思われる。

4.意志の力と変わる力

知識労働者には上記のようなキャリアの課題があるのだが、それを乗り越え、ミドル期以降もいきいきと働いて活躍している人も少なからずいる。本稿の最後に、彼(彼女)らに共通する特徴を、二つの力として紹介したい。
その一つは「意志の力」である。ミドル期、シニア期においても活躍する人、特にキャリアチェンジに成功する人は、自分が働くうえでの長期的な目的意識や、達成したい事柄をはっきり意識している。そしてその意志に基づいて、自分で学び、人的ネットワークを広げて成長を続けている。自分の意志を持つことが、貪欲な学習や挑戦の原動力になっているのである。これからの社会では、組織に頼らず、自分で学習する機会を作り出すことが求められる。そのことが、他者とは異なることを考える力につながっていくのであるが、意志の力はその基盤であるといえる。また強い意志を持つ人たちの多くは、若い頃に新規事業の開発に従事していたり、自分で発案したプロジェクトを遂行した経験を持っている。おそらくそうした経験は、自己責任の意識を強くし、試行錯誤しながらも自分で学ぶ習慣や、他者との交流の中から学ぶ習慣を強化するのであろう。そういう経験を若い時期にさせるような企業のマネジメントも重要となるだろう。
もう一つは、「変わる力」である。ミドル期以降のキャリアの課題に対して悩み、苦しむ人は多いのであるが、そこで自分の弱点を直視して新たに学び直しができる人が、その後もキャリア発達を遂げている。人はキャリアの課題に直面した時に、自らの働き方を振り返り、評価するのであるが、そこで自分の足りないところを認め、受け入れるのは簡単なことではない。組織のために地道に働いてきた自分を肯定したがる人も多いし、能力が足りないことを職場や上司のせいにする人も多い。また、自分に足りないものがわかったとしても、新たな学び直しができない人たちもいる。一定以上の年齢になってから新しいことを学ぶのは、心身の負担が大きいことだからである。しかし、現在の組織に残るにしてもキャリアチェンジするにしても、学び直しができるか否かが大きなポイントになる。ミドル期以降のキャリアが長くなればなるほど、学び直すことの重要性は大きくなるだろう。
これからの社会では、特に知識労働者においては、自分のキャリアは自分で作るという心構えが必要である。意志の力にしても、変わる力にしても、それを磨くのは基本的には個人の努力である。組織に依存し、過剰に期待することが、ミドル期、シニア期の課題の克服を難しくするといってよい。今後はまず、働く一人一人の意識改革が最も重要になるだろう。
しかしもちろん、組織にも取り組むべきことがある。知識労働者が本来持つべき自律性を高め、支援できる環境をつくることである。従来の日本企業は組織に従う人を育てるマネジメントに力を入れていた。今後はそのことが、知識労働者のキャリア発達を阻害し、本来自律的であるべき彼(彼女)らを、勤勉な大衆にしてしまう恐れがある。また自律性を尊重するマネジメントが、優秀な知識労働者の組織への定着を促すことにもなる。日本企業は人のマネジメントの基本的考え方を問い直し、知識社会のキャリア開発に取り組むべき段階に入ったと自覚するべきだろう。

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三輪 卓己 教授

京都産業大学経営学部教授。主な研究テーマは、「知識・情報社会のキャリアと人的資源管理」。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。(株)三菱UFJリサーチ&コンサルティング チーフコンサルタント、京都産業大学経営学部専任講師などを経て2007年より現職。

特別講演「ミドル期以降の知識労働者のキャリア発達」の概要はこちらから。

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