ミドル・シニア世代とキャリア・アダプタビリティ

ミドル・シニア人材が再構築した新しい持ち味・スキルなどを組織の内外で発揮することができるようなるヒントを探るため、ライフワークスでは様々な研究者の方々にお話を伺っています。
今回は、文教大学 人間科学部教授の益田勉 先生に伺った「キャリア・アダプタビリティ」についてご紹介します。

2018.08.08
専門家コラム

私たちが働く環境が多様化する中で、適応可能性という話題が気になるところでもあります。そこで、今回は「キャリア・アダプタビリティ」について教えて頂きたいのですが。

益田: キャリア・アダプタビリティという概念は、D・スーパーによるキャリア・ディベロップメントの理論をM・サビカスが発展させたものとして有名です。

スーパーは、子どもの学習過程の研究を通して明らかになった学習者の心の準備状況、つまり学習レディネスという概念をキャリア論に応用したときに、思春期までのキャリア発達を促す準備状況と成人期までのそれを分けて説明しました。前者が「キャリア成熟度」、後者が「キャリア・アダプタビリティ」です。思春期ごろまでは年齢を重ねることとキャリアの成熟との関連性が強いことは、小学校や中学校での教育を思い浮かべると想像がつくと思います。他方で、大人になると、年齢を重ねるごとにキャリアの発達は起きるかもしれませんが、そういった発達は自分の仕事の内容などによってもたらされるといった方が説明はつくのではないでしょうか。そういう明確な違いがあることから、スーパーはキャリア成熟度とキャリア・アダプタビリティの2つを分けて考えようとしたわけです。

働く人のキャリアに関心が強かったサビカスは、このキャリア・アダプタビリティという考え方に注目し、さらにそれを社会構成主義的に再検討し、概念として発展させました。例えば、キャリア選択に向けた内的な成熟に着目するキャリア成熟度とは違って、キャリア・アダプタビリティの方では内的成熟にだけではなく、外界で起こる様々な出来事への適応(外的適応)にも注目し、概念を拡張させたところに特徴があります。

このサビカスのいうキャリア・アダプタビリティは、4Cと呼ばれる、関心(Concern)、統制(Control)、好奇心(Curiosity)、自信(Confidence)の要素で構成されるとされています。要するに、将来の職業による関心、キャリアについての統制できるといった感覚(自己効力感)、自分の将来を統制できるという自覚、珍しい事や新奇な事に対する好奇心、そして挑戦することへの自信というようなものが、キャリア・アダプタビリティを構成する要素として考えられています。

キャリア・アダプタビリティという概念はまだまだ「あいまいさ」を残しているということを聞いたことがありますが。

益田: 実は、キャリア・アダプタビリティについては、実証研究の事例が多くはありません。そこで、私も、この概念が日本においてキャリア選択をしようとしている人たちにも当てはまるものなのかを確かめる必要があると考え、2005年から2007年にかけて調査を行ったことがあります。

調査はサビカスなどによって提示された尺度を使用したわけですが、まず、先ほどお話しした4つの要素が日本人にとってもキャリア・アダプタビリティの構成要素として妥当だということは明らかになりました。さらに、年齢階層別にこの4つ要素について確認してみたところ、「自信」の要素と「統制」の要素が特徴的でした。「自信」をあらわす項目については、30代後半から40歳までの間にピークに達し、その後少し落ちるのですが、51歳以上でまた伸びがみられました。「統制」についてもピークは同じでしたが、51歳以上までこの項目については下がり続けます。「自信」はある程度年齢とともに高くなっていくことは容易に想像できますが、「統制」の方は少し興味深い結果です。40代以降のミドル・シニア期に「統制」に関する項目の値が下降していくのは、この世代が、次第に自分のキャリアを自分で創ることができなくなってきていることのあらわれではないかと考えることもできます。

その他の、「関心」や「好奇心」は年齢階層別で比較しても明確な結果は得られなかったのですが、「関心」の方については、別の視点で見た場合興味深い結果が出ています。例えば、自分に起きているキャリアの転機を認識してキャリア形成を模索している人(20代半ばから30代半ばに多い)と、認識がなく模索している人(若手に多い)を比較した場合、認識している人の方が「関心」の要素が高くあらわれるということがわかりました。「統制」についても同じような違いがでています。つまり、転機を認識しながら主体的にキャリア形成を模索しているときに、変化対応のレディネスとしてのキャリア・アダプタビリティ、特に「関心」「統制」という要素が働く可能性が示唆されているということになります。

あるいは、転機を認識しながらそこで立ち止まっている人(40代半ば以降に多い)の場合、全ての要素の値が低くなっていることからも、キャリア・アダプタビリティは転機を乗り越えるときに効果的に機能するのではないかと考えることもできます。

キャリア・アダプタビリティが高くなるとどのようになるのでしょうか?

益田: 今お話ししたものとは別に2010年には「キャリア・アダプタビリティと転職の意思」という研究を行ったことがあります。簡単に紹介すると、この研究では、上司や組織からの働きかけや支援によってキャリア・アダプタビリティの要素が高くなり、転職するあるいは転職しないという意志が高まるのではないかと考え、そのことについて調査したものです。

調査結果からいえることは、まず、上司からのキャリア支援はキャリア・アダプタビリティを高めることにつながるということでした。また、上司からの支援は、組織内でのキャリア発達の見通しを高めるといったようにはたらき、「組織にとどまる」という考えを強くするので、転職の意思についてはマイナスに働く、つまり転職をしないように影響するということもわかりました。ですが、高まったキャリア・アダプタビリティがきっかけとなって、自分の周辺に起こっている事柄について「人生の転機にさしかかっている」というように感じるようになり、それが転職の意志につながるということもわかりました。

キャリア・アダプタビリティの4つの要素ごとにみると影響の仕方はさまざまなのですが、いずれにしてもキャリア・アダプタビリティが高まると「転機の認識」が高まったり、転機への対応の1つとしての「転職の意志」の高まりにつながったり、ということが見えてきます。このことから、キャリア・アダプタビリティの高まりは現在や将来の課題に対するレディネスの醸成に関係しているということがここではわかったわけです。

ミドル・シニアの方がキャリア・アダプタビリティを高めるためにはどうすればいいでしょうか?

益田: キャリア・アダプタビリティには外的適応と内的成熟があることは申し上げた通りですが、この両者はバラバラではなく、共に進んでいくというのが基本的な考え方です。人は自分が生き続けるために、先にあるものごとを想定しながら、必ず何かを選択・適応していきます。もちろん想定したことが実現すれば自分も満足でき、自分らしさが実現することにもつながりますので、想定したことに近づけるように自分を変えていくことこそが大事になってきます。このような選択と適応、自らを変えようとすることの繰り返しがキャリア・アダプタビリティを高めることにつながるのではないかと思います。あるいは、そういった適応や変化を自分の成長の姿だと思えるようになるか、自覚できるかということも大切かもしれません。

先ほど最初に紹介した方の調査の結果からいえば、キャリア・アダプタビリティの「統制」の要素は、40代後半から50代に向かって下がっていくのですが、「好奇心」の要素については、年を重ねるごとに緩やかにあがっていくようです。もしかしたら色々な自分の可能性などについては、むしろ年をとって広がっていくのではと思います。「自信」に関連する要素も年を経るごとにあがるような傾向があります。これらの事から察するに、ミドル・シニアの方は、たとえ自分のキャリアを創ることができなくなったとしても、自分が好奇心を持てるものに対して心を開いている状態をどこまで維持できるか、ということが重要な気がします。

組織の中でのポジションを維持するためにとか、仕事の上で一人前になるためにというような理由で20代、30代では抑え込んでいたものがあるとします。それが40歳を越えたあたりでふと目の前にあらわれてきたときに、飛びつくことができるためには、「好奇心」がその時が来るまで維持できているかどうかによるということになるわけです。あるいは「もう40歳だからさすがに」と敬遠するように考えるのではなく、「もう先がないので今やらなければ」と考えるような捉え方をすることで、飛びつくことができるような取り組みができていくのではないかと思います。

好奇心を維持していても、やりたかったことが目の前にあらわれなかったらどうしましょうか。

益田: 今までの自分というものを振り返ることが大事だと思います。しかも、振り返るにあたって、これまで自分は「ある一つの可能性だけに注目してひたすらそれを育ててきた。つまり、他の可能性は捨てられてきた」という感覚をもって臨むことが大事です。このような振り返りによって、「自分は20数年仕事に頑張ってきて一人前になったが、それは本当にやりたいことを犠牲にして来たのかもしれない」というような自己否定につながるかもしれません。ですが、何かを生み出す「創造」は、破壊的創造だったりするわけですから、これまでの延長線上への付け加えなのではなく、その連続性をどこかで一旦否定することをしないとなかなか新しいことにであう機会には恵まれないのではないでしょうか。
他方で、40歳過ぎくらいになると「これまで」以上に「この先」についての関心が生まれる人は少なくないと思います。そして「この先」が見えないとキャリアの危機に繋がってしまうことがあります。そういう時にも、これまで選ばなかったけどやりたかったこと、興味があったことを振り返ってみて、「この先」に置いてみるのも一つのやり方ではないかと思います。

なかなか興味があることを「この先」におけない時には、これまでに学んだ知識や物事に立ち戻るというのも効果的かもしれません。確かに、学生時代に一般教養として勉強をしたことが全く役に立たなかったという社会人の方も多いかと思います。ですが、そういったことだけではなく、日常の生活を通して小さいころから無意識のうちに学んできた、例えば「どう生きていくのか」というような考えは、皆さん少なくとも持っていらっしゃいます。そういったことも含めて、学んだことを今後の自分の将来の生き方につなげることができると、好奇心を持った生き方ができるのかもしれません。

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益田 勉 教授

文教大学 人間科学部 教授。専門は、組織心理学、組織行動論、キャリア論。
筑波大学経営・政策科学研究科博士前期課程修了。修士(経営学)。

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