シニアが生きいきと活躍し、キャリアを持続するためのメカニズムとは?

シニア社員がイキイキと活躍し、キャリアを持続するために、個人はどのように取り組み、会社にはどのような支援ができるのでしょうか。あおぞら銀行人事部でシニア人材活用やダイバーシティ推進に携わった経験を持つ一方、シニアのキャリア開発に関する調査研究に取り組む産業能率大学 経営学部 教授・川並剛さんに、そのヒントをうかがいました。

2020.05.26
専門家コラム

シニア期の環境変化を経てもなお生きいきと働く社員と、活力を失う社員の差は何なのか

川並さんは2019年に学術論文「生きいき働く高齢者の要因に関する研究(共著・2019年9月 産業能率大学紀要 第40巻第1号)」、「生きいき働く高年齢者の要因と生きいき度指標について(単著・2019年12月 人材育成学会第17回年次大会)」を発表されました。高年齢者が生きいきと働くための要因に関心を持たれた背景を教えていただけますか?

銀行人事部でシニア社員のキャリア開発の支援に取り組む過程で感じた、問題意識がきっかけです。シニア期には役職定年や定年再雇用といった環境変化もあり、活力を失っているシニア社員も少なからず見られました。新しい自分の立ち位置を見つけられず、給料も下がり、モチベーションが低下していたり、疎外感を感じている。一方で、そうした環境変化を経てもなお生きいきと働くシニア社員もいました。

両者の差はなぜ生まれるのか。その要因を知りたいと思いましたが、シニアの雇用について、労働条件や仕事の設計・処遇といった人事管理上の問題は議論されているものの、生きいき働くことの実態は、これまで十分には説明されていないようでした。そこで、シニアの方たちが実際にどういう働き方をしているのか、とくに「生きいき」という観点から、学術的に明らかにしたいと考えたわけです。

これまでの研究で、企業で働く20名のシニアにインタビュー調査されていますね。インタビュー対象の条件設定について、お考えを教えてください。

おおむね60歳代で、ひとつの会社に長く勤務している定年再雇用者、としました。調査にあたっては、ふたつのリサーチクエスチョンを設定しました。一つ目は「高年齢者にとって生きいきした働き方とは、どのようなことなのか」。二つ目は、「高年齢者にとって生きいきとした働き方は、どのように形成されるのか」です。

また、双方を解明するための分析モデルを、先行研究をもとに作成(図表1)。最初の研究「生きいき働く高齢者の要因に関する研究」では、10名のシニアにインタビューし、インタビューの内容から「生きいきとした働き方」およびそれに関連すると思われる発言を抽出し、抽出した発言内容を、分析モデルにある項目別に分類しました。

図表1 「調査のための分析モデル」

調査研究で見えてきた、シニア社員が生きいきと仕事をするための要因

その結果、どのようなことがわかりましたか?

まず、「生きいきと働いているか」について、「健康のため」「生活費や給与のため」「社会とのつながり」を得るためといった「個人的要因」はあまり強く関係していないということです。インタビュー対象者の選出は企業側にお願いし、活躍されている方々が多いということもありますが「健康のため」「生活費や給与のため」といった就労理由は、「生きいきと働くこと」との強いつながりが見られませんでした。「社会とのつながり」を得るために働くという人もほとんどいませんでしたが、定年後に実際に働くことによってその重要性を感じたという回答は複数ありました。

では、何が「生きいきと働くこと」に強く影響しているのでしょう?

職場における位置づけや役割といった「組織要因」です。インタビューした多くの方々が「頼りにされること」が「生きいきと働くこと」につながっていると発言されていました。

「頼りにされるシニア社員」は周囲と良質な人間関係を構築している

当サイトにおける、「役割創造」をして活躍されている方々へのインタビューでも、多くの方々が「頼りにされること」がやりがいや生きがいにつながっているとお話しされていました。どんな資質を持った方が「頼りにされる存在」となるのでしょう?

ベースとなっているのは、専門性や経験知、人脈といった過去からの積み重ねです。これは、「生きいきと働くこと」に影響していると調査前から想定していました。しかし、調査の過程で分かったのは、それらの要因だけでは、「頼りにされる」とは限らないということです。

「頼りにされる」人は、過去からの積み重ねにプラスして、上司や同僚といった周囲と「良質な人間関係」を構築していました。また、職場で積極的に周囲と交流するなかで、仕事のノウハウ・コツ、経験知などの「伝承」をうまく行っているのも特徴でした。

「生きいきと働くこと」という観点から見ますと、そういった要因によって仲間からいつも望まれる存在になっていることで「存在意義」を感じていたり、周囲から期待され、実際に成果も出すことで「やりがい」を感じていることが源泉となり、生きいきとした働き方につながっていると考えることができます。

過去からの積み重ねだけでは、「生きいきとした働き方」につながらない

そうやって生きいきと働いている方々の多くに共通していることがあれば、教えていただけますか?

産業能率大学 経営学部 教授 川並剛さん「生きいき働く高齢者の要因に関する研究」では、3つの観点から「生きいきとした働き方」がどのように形成されているのかを探りました。まず、「キャリア」の側面に目を向けますと、インタビュー対象者の多くにいわゆる「挫折」や「修羅場」を乗り越えた経験があり、そこから何かを学び取ろうとする姿勢がありました。仕事上で厳しい状況を乗り越えた経験の重要性はよく耳にすることですが、今回の調査でもやはりそうでした。

次に、個人の特性として見られたのは、多くの人が仕事の経験を通して「納得感」を得ようとしていたことです。仕事の目的やその背景にある理由などを考える志向を持ち、その実現度を仕事の結果によって確認するということを習慣的に行っていたと見られます。また、「学習志向性」を持っている人が多かったですね。学び方や学ぶ内容は人それぞれですが、自ら学ぼうとする意欲を持っていました。

3つ目は、個人の「生きいきとした働き方」と「組織」の関係性です。今回のインタビュー調査で目立ったのは、組織の境界にとらわれない積極的な越境行動による人間関係の構築が、現在の「生きいきとした働き方」に影響しているという発言です。例えば、「部門の壁があまりなく、他部門の社員に自由に何かを聞ける雰囲気がある」といったオープンな風土のある組織では、越境行動が起きやすいと考えられます。その過程で良質な人間関係が築かれることにより、仕事が進展して、「頼りにされる」。そのことが「生きいきとした働き方」につながるという構図です。

以上から明らかになった、「高年齢者にとって生きいきとした働き方は、どのように形成されるのか」というリサーチクエスチョンに対する重要な発見は、「過去からの積み重ね」がシニア社員の財産であることは間違いないものの、それだけでは「生きいきとした働き方」には繋がらないということです。論文では図表2のように「高年齢者の生きいきとした働き方の構造」を示しました。「過去からの積み重ね」に加え、「頼りにされること」と「良質な人間関係」からなる「関係性」が構築されて初めて、「生きいきとした働き方」ができると考えられます。

図表2 「高年齢者の生きいきとした働き方の構造」

キーワードは「自分で」。自分で考え、自分で決め、自分で動く

これまでの調査研究に加え、企業の現場で長年人事に携わられたご経験から、シニアが生きいき働くために個人はどのような取り組みをすべきか、お考えをお聞かせいただけますか?

これまでお話した要因のほかに、研究を通してわかったのは、60代以降も生きいきと働いているシニアの多くが50代にそれまでにないできごとに直面し、そこで自分の役割を再定義して、新たな立ち位置を見つけられているということです。例えば、インタビュー調査においては「50歳を過ぎて新たな業務を担当し、必要な知識やスキルを学ぶことによって専門性を高めたことにより、60代に活かすことができた」、「会社の合併で、50代に大きな環境変化があったが、合併先企業の苦手分野をカバーしてほしいと上司から明確なミッションを与えられ、60代の今に至るまでモチベーションを維持できた」といった例がありました。いずれの方も役職定年や定年で給与は下がっているにもかかわらず、パフォーマンスは落ちていません。

そういった環境変化に出会った時に、これまでとは異なる立ち位置を見つけるというのは誰にでもできることではありません。では、どうすればその力がつくかというと、私見になりますが、「自分で考え」、「自分で決め」、「自分で動く」という姿勢を習慣化することではないでしょうか。自分の考えを持ち、それを上司に話すなど、さまざまな場面で周知しておく。そうすれば、変化に直面した時も、それを乗り越えるための道筋を自分の意思で判断するだけの力がつきます。そして、決めたら、自ら動く。組織の中で生きいきと働き続けるためのポイントとなるのは、「自分で」というキーワードだと思います。

最後に、シニアが生きいきと働くために、組織はどのような支援ができると思われますか?

再雇用後の仕事の設計・処遇といった人事管理制度をしっかりと議論し、シニア社員のモチベーションを低下させない仕組みを探っていくことが大事だと思います。さらに、シニア社員の「関係性」の構築を支援することも、組織の重要な役割ではないでしょうか。職場でシニア社員がスムーズに「関係性」を構築できないケースのひとつとして、「年下上司」との意思疏通があります。上司がシニア社員に遠慮したり、「経験豊富な相手だから、言わなくてもわかるだろう」と伝えるべきことを伝えられていない。一方、シニア社員の側も「経験」にこだわりがちで、上司の指示を柔軟にとらえることができないということが少なくありません。
そういったコミュニケーションロスを解決するのは、個人間ではなかなか難しいものです。上司がシニア社員に役割期待を明確に伝えたり、上司からのミッションをシニア社員が過去の成功体験にとらわれず受け止める重要性を、会社が双方に繰り返し、きちんと伝えていくのは、大変意味のあることだと思います。

お話をうかがった方:
産業能率大学 経営学部
教授 川並 剛さん

1985年、金沢大学経済学部卒業。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)に入行し、35年間勤務。人事部、本店・支店で大企業や中堅中小企業向け営業並びにリテール(個人)営業、リテール本部で人材育成・店舗戦略、本部で株主総会対応などを経験。人事部では、人事評価、人事制度企画、人材育成、採用、シニア人材活用、ダイバーシティ推進などに15年間携わった。2016年4月から産業能率大学の兼任教員を4年間勤め、2020年3月、あおぞら銀行を退職。4月より現職。

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