ミドル世代に伝えたい、"Negative Capability"

弊社の外部識者である笠井恵美氏は、心理学を活かしながら社会問題を探求し、さらにミドル・シニア層の働き方に造詣が深い研究者です。
現場とは少し違う視点からのアプローチですので、是非ご一読ください。

2015.09.07
コラム

Negative Capabilityという言葉をご存じですか?

私はこの言葉を、1カ月ほど前、相談業務に携わる方向けのある研修会で耳にしました。
スーパーバイザーである精神科医が「つまり、Negative Capabilityを高めていくということだよね」と何気なくコメントされたのです。
直訳すれば、Negativeは否定的な、Capabilityは能力。つまり、否定的な能力、否定的なことへの能力、または、何かを否定する能力、という意味でしょうか。

キーツがただ1度だけ使った言葉

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Negative Capabilityという言葉は、イギリスの詩人ジョン・キーツの造語です。キーツは、1795年に生まれ、25歳で亡くなっています。彼の詩と残された多くの手紙は、ともに高い評価を得ています。
1817年、22歳のときにキーツは、2人の弟にあてた手紙で下記のように記しました。

...I mean Negative Capability, that is when man is capable of being in uncertainties, Mysteries, doubts, without any irritable reaching after fact & reason.

(人が、事実や理由を得ようといらいらすることなしに、不確実性、不可思議、疑惑のなかにいることのできる力、それを私はNegative Capabilityというのだと思います。)

キーツは、文学で偉大な仕事をする人間の特質として、シェイクスピアを例にひきながら、この文章を書きました。キーツがNegative Capabilityについて書いたのは、この書簡のとき一度だけでした。
しかし、このNegative Capabilityという言葉は文学の世界はもちろんですが、哲学、医学や臨床などの世界にも影響を与え、日本でも、「大変面白い」(土居,1977)、「個人だけではなく社会や国の奥深さや成熟を決める重要な力になるだろう」(矢倉,2013)などと述べられています。

あいまいさや不確実性を受け止め、そこにいる力

おそらく、ある人々の中では知られているNegative Capabilityですが、ビジネスやキャリアの世界では、それほど知られていないように思われます。
そもそも、「消極的能力」「否定の力」「受容能力」「ネガティブな受容性」など日本語訳がさまざまにあり、意味する概念が研究者によっても一定ではない(藤本,2006)とされる言葉です。
ここでは、正式な捉え方についての探求、検討はいったんおき、ミドル世代が仕事をしていく時のヒントになるワードとして、"あいまいさや不確実性を受け止め、そこにいる力"であるNegative Capabilityを、考えてみたいと思います。

ミドル世代の現状

40代から50代にかけてをミドル世代とおいた場合、現在、企業における人員構成比率が高いことや、雇用延長にもとづき退職までの期間が実質的に長期化していることなどから、ミドル世代の人事上の処遇やマネジメントが議論になっています。
議論の前提には、おおむね、ミドル世代に、停滞せず、より生産的であってほしいという企業側の要望と、事業や働く環境、技術等の変化の激しさのなか、業務負荷が高まるミドル世代のモチベーション、能力の維持・獲得がむずかしいといった認識があると思われます。
この状況をミドル個人の側から考えると、職業人生の折り返し地点を過ぎつつ、まだそれが10年以上あるなか、どのように自分は働いていったらいいのか、家族や自分の人生といったことを考えると、今の仕事の時間への手ごたえや葛藤をどう乗り越え、納得のいくものにしていったらよいか、必要とされる自分でいたいという思いと、必要とされているのだろうかという不安といったさまざまなものが、よぎっているのではないでしょうか。

Negative Capability、ミドル世代の能力

Negative Capabilityということを考えると、もちろんほかの世代(キーツがそれを述べたのは22歳でした)でもあてはまると思いますが、ミドル世代の能力、という点でも、とてもあてはまる力であると思いますし、とても求められる力であると思います。
あいまいさや不確実性を受け止めること。そして、事実や理由をすべて明らかにできなくても、そこにいること、すなわち、その現実に向き合うことのなから、答えを見つけ出していく力を、ミドル世代は持っているし、求められて引き出されているのではないかと思います。
ミドル世代の力としてNegative Capabilityをイメージする理由のひとつには、納得できないこと、理不尽に思えることがあるということの経験をそれまで少なからずしてきており、事実や理由を求めたい自然な気持ちとは別に、仕事をするということはそういうことでもあるということを知っていると思われるからです。
ふたつには、その裏返しのようですが、仕事をしてきた時間のなかで、そのときは予測ができなかったことが、こういうふうにつながるんだ、というような「計画された偶発性」(プランドハップンスタンス理論)のよさを、身をもって経験してきていることもあると思います。不確実なかかでも、この不確実さ、あいまいさは、あとで別のことにつながる、意味をもつ可能性もあるということで、不確実さ、あいまいさを必ずしも否定的にのみとらえない力があるのではないかと思います。

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能力の獲得時期から、抑制と獲得と統合の時期へ

能力という点でみた場合、Negative Capabilityという言葉からは、不確実ななかにあって、わかっていることは多くないかもしれないけれど、あいまいななかにとどまりつつ向き合う強さといったものを感じ、能力の獲得時期から能力の抑制と獲得と統合という複雑な時期に入っているミドルをささえるヒントを多く含んでいると思われます。
企業における人材育成では、2、3年で一人前になってほしい、20代、30代でさまざまな経験をしてほしい、といったことが言われます。大学を卒業して社会に出たあとは、能力の獲得時期が続きます。しかし、途中から、全く違う仕事に異動したり、役職が変わったりするなか、獲得した能力を使わない(使えない)、自分のやり方以外の他の人のやり方も受け入れていく(いかなければならない)といったことが起こります。
獲得することが中心だった能力を、ある能力はおさえたり、また、別の能力と合わせながら使ったりするようなフェーズに入っていきます。
ミドル世代は、まさしく、そのフェーズにあり、新しく能力を獲得しつつ、これまでの能力を抑えたり、自分のなかでいろいろな能力を統合したりして、アウトプットを工夫しながら、仕事をしている時期だと思います。それゆえ、葛藤も起こりますし、不確実さも増すでしょう。

Negative Capabilityという言葉を聞いたとき、ネガティブというワードでありながら、非常に可能性を感じました。本稿は、そのことを、ミドル以降の強さとして捉えた時に、さらに新しいありようがみえてくるのではないかとして、伝えさせていただきました。
ミドル世代のよさ、を深めていくことにつながるヒントが、この言葉にあるように思えます。

参考文献:
土居健郎 『新訂 方法としての面接』 医学書院 1977
矢倉英隆 「ネガティブ・ケイバビリティ、あるいは不確実さの中に居続ける力」 医学のあゆみVol.246 No.11 2013
藤本周一 「John Keats: "Negative Capability" の「訳語」をめぐる概念の検証」大阪経大論集第55巻6号 2005
高橋寛子 「心理臨床における'曖昧さ'とそこにとどまる能力 -'Negative Capability'と'暗在性'(the Implicit)からの考察―」京都大学大学院臨床教育実践センター紀要第16号 2012

記事を書いた人

外部識者/笠井恵美
1988年株式会社リクルート入社後、編集・企画、同社ワークス研究所にて調査・研究を経て、2012年退社。
現在は、いくつかの組織の研究、臨床の仕事に携わる。修士(臨床心理学)。
主な著書に、『サービス・プロフェッショナル』プレジデント社 2009年。

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